文字 

(17)精神腫瘍学 岡山大大学院・岡山大学病院精神科神経科 内富庸介教授(52)

がん患者には体とともに心の「激痛」を和らげるケアが欠かせないと訴えてきた内富教授。岡山大病院は新たなチーム医療実践の場だ

 「情」重視でがん患者ケア
 「つらさサポートチーム」展開


 「きょうの検査で余命6カ月の末期がんと診断されました。あなたならどうしますか」

 岡山大鹿田キャンパス臨床研究棟の研究室。お茶を用意した臨床実習中の医学生5人に内富が問いかけた。

 「会いたい人に会っておく」「一度北海道旅行を」―。内富は一人一人の答えにうなずきながら、患者にとってのQOL(生命・生活の質)とは何かを考えるように促す。

 内富ががん患者の心の問題を考え始めた原点は、国立呉病院で精神科医のスタートを切ったころ、ある男性肺がん患者との出会いにある。40代で発病したがんが進行。うつ状態で何度もパニック発作を起こし、救急受診を繰り返していた。診察を任された若き内富は、がん患者とどう向き合えばよいのか、まだ手探りだった。

 ひとしきり話を聞いて分かったのは、男性が家を出て行った娘と何とかして和解したいと願っていること。それまで仕事や地域スポーツの監督業にかまけて家庭を顧みなかったのだという。

 内富は薬物治療で症状を和らげると同時に妻や娘とも面談。男性は娘の結婚式に出席し、無事「花嫁の父」の大役を務めることができた。間もなく亡くなり、妻は「最後に人生の帳尻を合わせていった」とさめざめと振り返った。

 だが、内富の心にはわだかまりが残った。「最初にがんと診断したときから、こうなることは予期できた。もっと早い段階から心をケアしていれば、うつに陥ることなく違った最期を迎えられたのではないか」

 1991年、ニューヨークのスロンケタリングがんセンター記念病院へ短期留学。がん治療で米国有数の実績を持つ同センターは、がん告知を前提として77年に精神科部門を設置し、専門医がチームを組んで心のケアを実践していた。

 日本では当時、告知すべきか否かの議論がかまびすしくなりつつある段階。精神科医の役割はあまり理解されておらず、がん患者のうつは見過ごされるケースが大半だった。

 「日本人の教育水準なら、(告知しなくても)3カ月もしたら患者は分かってますよね」。スロンケタリングで指摘を受けた内富は、国立がんセンター東病院(千葉県柏市)に移り、日本の精神腫瘍学の確立を目指して立ち上がった。

 患者がうまく対処できるようにバッドニュース(悪い知らせ)を伝えるにはどうすればよいのか。最初は欧米やオーストラリアで開発されたプログラムを援用してみたが、患者の反応を調べると微妙な彼我の「ずれ」が浮かび上がった。

 欧米人は「すべての情報を私にください。自分で判断します」という姿勢。日本人は情報量はずっと少なくてよい。むしろ今後の生活や家族への配慮を求め、医師の表情や態度など言語外コミュニケーションを重んじる傾向が顕著だった。

 内富たちは実際の患者と医師の面接を分析し、内容を系統分類。529人の外来患者を対象に、抽出した各項目をどの程度望むかをアンケートした。結果は4つの望ましいカテゴリーにまとめられ、英語の頭文字からSHARE(シェア)と名付けた。

 重視したのは心の三要素(知情意=知性・感情・意志)の中でも「情」だ。内富は「『説明と同意』と訳された日本のインフォームドコンセントには、『情』がすっぽり抜け落ちていた」と語る。

 さらにコミュニケーション技術教育のカリキュラムを開発。日本サイコオンコロジー(精神腫瘍学)学会を通じ、がん診療医を対象にロールプレーイング(役割実演)を行っている。患者の気持ちを受け止めるために数秒間の沈黙を取ることなど、さまざまなノウハウを伝授してきた。

 昨年4月、岡山大病院へ赴任した内富は緩和ケアチームに参加し、がんと診断された段階から患者の心と体を支える「つらさサポートチーム(仮称)」への発展的展開に協力している。医学生教育に力を注ぐとともに、在宅医療を担う地域の家庭医との連携も視野に入ってきた。

 がん患者のうつへのアプローチは、河口からようやく源流にたどり着こうとしている。(敬称略)

////////////////////////////////////////

 うちとみ・ようすけ 広島大医学部卒。国立呉病院・中国地方がんセンターに勤務後、米国スロンケタリングがんセンター記念病院で研修。国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部長を経て昨年4月から岡山大大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室教授。著書にエッセイスト岸本葉子さんとの対談集「がんと心」(晶文社)など。

////////////////////////////////////////

 つらさと支障の寒暖計 がん患者のうつ病や適応障害の発症を早期発見するため、内富教授らが開発した質問票。目盛りを刻んだ寒暖計の図を患者に示し、最近1週間の気持ちを、最高につらい(10)―つらさはない(0)でマーク。さらに、つらさのために日常生活に支障があるかどうかを、最高に支障がある(10)―支障はない(0)で答えてもらう。つらさと支障のいずれもが一定の点数を超えていた場合、臨床的にうつ病や適応障害と診断される確率が高まることが実証された。精神保健の専門職でなくてもベッドサイドで簡単に検査できる。

////////////////////////////////////////

 外来 内富教授の外来は毎週火曜日。初診を含めて完全予約制。あらかじめ電話、またはかかりつけ医を通じて総合患者支援センターで予約しておく。

////////////////////////////////////////

岡山大学病院

岡山市北区鹿田町2の5の1

電話 086―235―7744(総合患者支援センター)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年05月02日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ