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川崎医大病院、岡山大学病院の取り組みを聞く 聞き手・越宗孝昌山陽新聞社社長

 もりた・きよし 岡山大医学部卒。2002年、同大大学院医歯学総合研究科(現医歯薬学総合研究科)教授。05年から同大医学部・歯学部付属病院(現岡山大学病院)院長、08年から同大理事などを歴任。4月から現職。倉敷市出身。61歳。

 かわさき・せいじ 岡山大医学部卒、同大大学院医学研究科修了。同大医学部付属病院(現同大学病院)助手、川崎医大講師などを経て、1998年から同大副学長、同大病院副院長、2000年から川崎学園副理事長。岡山市出身。49歳。

 およそ日本人の2人に1人が患い、3人に1人が亡くなる「がん」。2007年にがん対策の強化をうたった「がん対策基本法」が施行されるなど、現在、国を挙げてがん医療の充実が求められている。岡山県での治療レベル向上や人材育成などで大きな役割を担う岡山大(岡山市北区津島中)の森田潔学長と川崎医大(倉敷市松島)を擁する川崎学園の川崎誠治副理事長に、両大学の取り組みや今後の方針を語ってもらった。(本文敬称略)


 ■ 地域の病院バックアップ
 ■ 手術数 2年後1.5倍に




 越宗 岡山県のがん罹患(りかん)数は年間約1万人。治療件数から推測すれば両大学病院だけでざっとその3〜4割を受け入れているのではないかと思います。一つの県に医療系学部を持つ大学が二つあるのは患者サイドから見れば大変有益で、両大学の連携により地域のがん医療が推進することを願って企画いたしました。

 さて森田学長、まずは学長就任おめでとうございます。4月に岡山大学病院(岡山市北区鹿田町)の院長から大学全体の責任者になられ、あらためて感想はいかがですか。

 川崎 大学の後輩として私からもお祝いを申し上げます。

 森田 岡山大は総合大学として全国有数の歴史と規模を誇っています。職責の重大さを日々身に感じつつ、全力で頑張りたいと考えています。

 越宗 それでは本論に入って、最初に岡山大の取り組みをお聞かせください。

 森田 岡山大学病院では昨年約8700例の手術を行いましたが、がん関連の手術が約1900例、20%ほどに上ります。

 越宗 高齢化を背景に、がん患者数は増え続けています。

 森田 2013年度に新中央診療棟を整備し、20室の手術室を稼働させる予定です。現在は順番待ちですぐに手術できない患者さんがいますので、2年後にはがん関連の手術を1・5倍に増やしたいと考えています。

 越宗 がんは今や「国民病」といわれています。県内でも1982年から死因のトップで、年間1万9000人程度の死亡者のうち5000人余が亡くなっています。

 森田 戦後の日本人の死因は脳血管疾患を筆頭に、がん、心疾患が上位を占め、80年代からは脳血管疾患に代わってがんが第1位です。全国の死亡者は昨年約120万人弱、うち約35万人ががんで亡くなりました。

 越宗 恐ろしいイメージのがんですが、一方で、医療の進歩で治るケースが増えたのも事実でしょう。

 森田 数年前のデータですが、年間約60万人ががんになり、その約50%が完治するといわれています。

 越宗 そんな先進医療を求め、両大学には県内外の病院から難しい手術の必要なケースが送られてきます。大切なのはこうした病院との連携です。国は地域の医療機関と連携して質の高いがん医療を提供する拠点病院を整備していますが、県内では川崎医大病院など6病院が「地域がん診療連携拠点病院」に、岡山大学病院はその中核となる「岡山県がん診療連携拠点病院」になっています。

 森田 地域の病院のがん診療を全面的にバックアップする体制は欠かせません。人事交流を含めて連携強化を図っていきたいと考えています。それぞれの患者さんに合ったがん診療や相談がよどみなく提供できるシステムをつくるとともに、医師や看護師の育成、がんに関する新しい情報の発信も重要です。

 越宗 患者に合った診療・相談という視点は大切でしょう。

 森田 そのためにも、大学病院のがん診療体制を地域の病院や開業医の先生方、さらに患者さんに分かりやすくし、受け入れをスムーズにしていかなければなりません。

 越宗 地域に開かれた大学病院づくりが欠かせませんね。

 森田 大学病院は高度な医療を提供する使命がありますが、決して診療の敷居が高くてはいけません。現在のところ、岡山大学病院では「地域医療連携室」や「総合患者支援センター」がその役目を担っていますが、さらなる充実が必要です。

 越宗 情報発信はどうなっていますか。

 森田 医療従事者に対しては、がん診療でここ数年非常に重要視されている緩和医療の研修会を開くなど知識の普及を図っています。患者さんや地域の方々にも多くの公開講座やシンポジウムなどを開催しています。

 越宗 両大学は人的な面のほか、研究や診療に関しても全国の他大学に比べて連携が進んでいます。がん診療ではどうでしょう。

 森田 さまざまな診療科が臨床、研究の両面で協力し合っています。岡山大学病院の特色としては、肺がんや前立腺がんに対する遺伝子治療、肝細胞がんに対する肝移植、乳がん切除および乳房再建術、内視鏡手術、ロボット手術など。前立腺がんなどは川崎医大病院と役割分担しています。今後はこうした診療連携を増やしていかなければと思います。

 越宗 最近は大半のケースがまずがんと告知されます。心身ともに大きな負担となることも多く、しっかりとしたサポート体制が望まれます。特にインフォームドコンセント、つまり治療法の説明や自分は良くなるという見通しなど、きめ細かくデリケートな心遣いは重要です。

 森田 09年の新入院患者数は約7000人で、うち約2000人ががんの診断で入院加療しています。一方、外来で化学療法を行う「腫瘍センター」の受診者は月に延べ約500人です。これらの患者さんを含め、がんの相談もできる専門窓口として「総合患者支援センター」を稼働させていますが、一層の充実を期したい。



 ■ 質の高いチーム医療実践
 ■ 川崎病院の診療体制充実



 越宗 次に川崎学園のお話をうかがいます。4月から関連の財団法人が経営する川崎医大川崎病院(岡山市北区中山下)の運営を引き継がれました。川崎病院にもがん診療の長い歴史があります。

 川崎 医大の母体となった川崎病院は38年に前身の診療所が設立され、「病院は患者さんのためにある」「365日昼夜診療」という理念の下、地域医療の拠点として今に至ります。60年に当時民間病院としては他に例を見ない構想の「川崎がん研究所」を併設し、胃がんや子宮がんの検診などに精力的に取り組んできました。近年は肝がんの診断治療に力を入れてきました。

 越宗 名実ともに川崎医大の2番目の付属病院として再出発され、がんの診療体制の整備も進むでしょう。

 川崎 食道がんの猶本良夫教授、頭頸(けい)部がんの秋定健教授、肺がんの瀧川奈義夫教授、胆膵(すい)がんの河本博文教授、放射線科の三村秀文教授など新しく赴任されたスペシャリストが、最新のがん診療を提供できる環境を整えていきます。新病院の新築移転が急がれる中、一層充実した病院づくりを目指します。

 越宗 川崎医大は昨年開学40周年を迎え、医大病院は今年で38年目になります。

 川崎 医大病院は73年の開院以来、臓器機能別診療科で最先端のがん診療を提供してきました。2000年から始めた病院の増改修工事の際には、放射線治療装置(リニアック)やPET―CTなどの最新のがん診断・治療装置を導入し、高度な手術に対応できる中央手術室や骨髄移植の可能な無菌治療室も設けました。昨年は約8600例の手術のうち約1400例ががん関連手術、新入院患者約1万5000人のうち約3300人ががんによるものでした。

 越宗 現在のがん診療には、診断する内科、手術する外科、放射線科、抗がん剤投与する腫瘍内科、形成外科など診療科の枠を越えたチーム医療が求められています。

 川崎 07年に乳腺甲状腺外科の園尾博司教授を中心に「がんセンター」を立ち上げました。がん診療を専門とする各科の医師と看護師、薬剤師、その他のコメディカルスタッフが質の高いチーム医療の実践に努めています。

 越宗 最近は早く退院し、自宅から抗がん剤投与の治療で通院する患者も増えていますね。サポート体制はどうでしょうか。

 川崎 落ち着いて外来化学療法に専念できる「通院治療センター」を整備し、山口佳之教授が担当する臨床腫瘍科を中心に患者さんのQOL(生活の質)にも配慮しながら集学的ながん治療を行っています。センターの外来患者さんは年間延べ約6500人です。がん患者さんのさまざまな身体的・精神的苦痛に対しては、緩和ケアチームを組織し、ニーズに応えています。

 越宗 アメリカのがん治療では、放射線治療がかなり大きなウエートを占めます。

 川崎 欧米ではがん患者さんの約60%が放射線治療を受けているとされます。我が国は約25%ですが、今後増えてくると思われます。医大病院では近年は強度変調放射線治療(IMRT)といわれる、副作用の少なく精度の高い放射線治療を積極的に行っています。

 越宗 乳がん治療も知られています。

 川崎 年間約250例の手術を手掛けており、このうち約7割が乳房温存手術です。

 越宗 先ほど話に出た前立腺がんの役割分担は、具体的にはどうするのでしょうか。

 川崎 例えば転移のない限局性前立腺がんの放射線治療では、同じ組織内照射でも低リスク群は岡山大学病院が低線量率で、中リスク〜高リスク群は川崎医大病院が高線量率で、というすみ分けを行っています。ただし、高線量率での組織内照射は低リスク群にも対応可能で、臨機応変に対処しています。

 越宗 予防はもちろん、がんになったらいかに早く発見するかが重要になります。

 川崎 臨床研究では胃がん、大腸がん、乳がん、子宮がんなどは検診の有用性が実証されています。また、若年女性には子宮頸がん予防ワクチンの有用性が認められ、積極的な接種を呼びかけるべきです。米国では禁煙の推進で全がん罹患数と死亡率が減少しており、日本も強力に推進すべきでしょう。

 越宗 07年に両大学も加わって「中国・四国広域がんプロ養成コンソーシアム」を結成されるなど、人材育成も大学の役割です。

 川崎 後期臨床研修に臨床腫瘍医コースを設け、臨床腫瘍医の育成を目指しています。また、川崎医療福祉大大学院(倉敷市松島)には来年度からがん専門看護師の養成コースを開設する予定です。

 越宗 がんで亡くなる人が多いのは、医療の進歩でそれ以外の病気では亡くならなくなったからとも言えます。がんも新たな療法の確立が急がれます。

 川崎 現在、本学は中四国地方で唯一、がんワクチンの臨床試験を実施しています。世界に先駆けて当大学発の肺がん特異的ワクチン療法の開発を行っており、まもなく国内外で臨床試験が開始されると思います。

 越宗 両大学の重点項目をお聞きしました。川崎医大は川崎病院が新たな拠点になると理解しましたが。

 川崎 病院のある岡山市中心部は市内でも高齢化の進んだ地域の一つです。今後がん患者さんが増えると思われる中、診療体制を整備していきたいと考えています。岡山大学病院、川崎医大病院、地域の医療機関と連携を強化しつつ、教育・研究にも力を入れていく考えです。

 越宗 岡山大は地域の病院を全面的にバックアップしていく、と。今、新しい国の医療制度で患者は病期によって病院を移るようになっており、一貫した患者管理の下で診療が行われるのは大変重要だと思います。

 森田 個人情報は厳密に守った上で、最前線の開業医や一般病院の先生方と情報を共有し、より良い医療が提供できるようにすることが重要です。そうすることで、高度医療を担うという大学病院の役割も最大限かつ効率的に果たせるようになると考えます。

 越宗 がんの告知イコール死を連想する人はまだ多いのが実情です。相談や支援、知識の啓発や教育を是非充実していただきたい。

 川崎 社会問題にもなっている“がん難民”は医師に十分な説明を受けてない、また説明に納得ができていない患者さんのことです。医大病院には「がん専門相談センター」のほか、4月に「臨床心理センター」も開設しました。がん患者さんの精神的な支援ができればと思っています。

 森田 がんの治癒は決してその撲滅だけではなく、宣告されてからの不安の除去や周りの方々へのケアなど多岐にわたります。Patient first、すなわち患者さん第一で取り組んでいきたいと考えます。

 越宗 今日は有意義なお話を聞くことができました。岡山県をはじめ中四国のがん医療の充実のため、両大学の今後の取り組みに期待しています。


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岡山大学病院

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住所    岡山市北区鹿田町2の5の1

電話    086―223―7151

スタッフ数 2022人(医科 系医師608人、歯科系医師220人、看護師935人など)

病床数   865床(一般813床、精神50床、感染症2床)

診療科目  総合診療内科、血液・腫瘍内科、腎臓・糖尿病・内分泌内科、消化管外科、肝・胆・膵外科、呼吸器外科、乳腺・内分泌外科、泌尿器科、総合歯科など42科

沿革

1870年 岡山藩医学館大病院開設

1949年 岡山大医学部付属病院となる

2003年 同大医学部・歯学部付属病院となる

 06年 岡山県がん診療連携拠点病院指定

    腫瘍センター開設


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川崎医大病院

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住所 倉敷市松島577

電話 086―462―1111

スタッフ数 2187人(医師427人、看護師785人など)

病床数 1182床(一般1154床、精神28床)

診療科目 総合診療科、臨床腫瘍科、救急科、心臓血管外科、糖尿病・代謝・内分泌内科、脳卒中科、小児科、産婦人科、乳腺甲状腺外科、食道・胃腸内科など36科

沿革

1973年 川崎医大病院開設

2007年 通院治療センター開設

    がんセンター開設

  08年 がん専門相談センター開設

    地域がん診療連携拠点病院指定


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川崎医大川崎病院

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住所 岡山市北区中山下2の1の80

電話 086―225―2111

スタッフ数 645人(医師75人、看護師263人など)

病床数 749床

診療科 内科、外科、小児科、心療科、整形外科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、形成外科、皮膚科、産婦人科、脳神経外科、リハビリテーション科、放射線科など17科

沿革

1938年 外科昭和医院開設

  39年 外科川崎病院開設

  50年 財団法人川崎病院設立

  60年 川崎がん研究所開設

2011年 運営を学校法人川崎学園に移管



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岡山県のがんの現状

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 岡山県のまとめによると、2007年のがん罹患数は高齢者を中心に計1万936人(男性6211人、女性4725人)に上る。部位別の割合は男性が胃(全体の18.9%)、肺(15.9%)、大腸(15.0%)、女性が乳房(19.3%)、大腸(15.9%)、胃(12.4%)など。

 一方、同年のがん死亡数は5129人(男性3091人、女性2038人)。部位別では男性が肺(全体の25.0%)、胃(14.3%)、肝臓(13.8%)、女性が肺(14.3%)、胃(13.2%)、大腸(11.5%)などとなっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年05月02日 更新)

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