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移植医療の今 改正法施行1年(5)小児の現実 扉開くも少ないドナー

仏壇の前で他界した娘の写真に見入る小比賀さん。国内で小児移植の環境が整うことを願っている

 「昨年の『渡航移植』という判断は間違っていなかった。いま同じ状況になったとしても、やはり同じ行動を取ったはず」

 小比賀(おびか)裕也さん(25)が倉敷市の自宅で、1歳で他界した娘・姫那(きな)ちゃんの写真を手に話す。

 姫那ちゃんは2009年、重い心臓病と診断され、主治医から最後の治療法として心臓移植が示された。

 「娘の命を救ってください」。脳死臓器提供の年齢制限を撤廃する改正臓器移植法の全面施行が1カ月半後に迫った10年5月26日。裕也さんらはJR倉敷駅前で声をからした。

 米国での移植を決め、1億円を超す費用を賄うための募金を始めた。約7千万円が集まり、航空機の手配をしようとしていた時、姫那ちゃんの容体が悪化。6月中旬、幼い命の灯は消えてしまった。

 「もっと早く法が見直されていれば…。国内でもチャンスはあったかもしれない」。裕也さんの脳裏を時折、こんな思いがよぎるという。

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 1997年施行の臓器移植法は昨年改正されるまで、15歳未満からの脳死臓器提供を禁止。成人の臓器ではサイズが合わないなどの問題から、心臓移植が必要な国内の子どもは実績のある欧米に頼らざるを得なかった。

 日本移植学会によると、97年から09年2月末までに、18歳未満の心臓病患者114人が渡航を希望し、71人が海外で移植を受けた。

 徳島県鳴門市に住む川上莉奈ちゃん(9)もその一人。祖母の川上洋子さん(72)=岡山市中区=は「孫が元気に暮らせるのも、ドナーや募金をしていただいた方々のおかげ」と感謝する。

 だが、脳死ドナーが多い欧米でも提供臓器は十分ではなく、他国の患者に提供すれば自国民の機会を奪うことになる。「移植は自国で完結を」との議論が高まり、世界保健機関(WHO)は10年、渡航移植の自粛指針を採択。全体の5%までを他国から受け入れる米国などを除き、渡航移植は不可能な状況となっている。

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 国内では法改正で、閉ざされていた小児の臓器移植への扉が開かれた。

 だが、現実は―。親の心情面のほか、臓器提供病院における虐待の有無を確認する委員会設置の遅れなどから、改正後に現れた15歳未満の脳死ドナーは今年4月中旬の関東甲信越地方の少年(10歳以上15歳未満)だけだ。

 「18歳未満から提供された心臓は、18歳未満の患者を優先」とのルールから、心臓は大阪大の10代男性に移植された。だが、肺や肝臓などは成人患者へ提供された。

 心臓に注目が集まる一方、肺に重い病気を抱える小児患者の状況も深刻だ。「脳死ドナーから提供された肺は分割できない。日本臓器移植ネットワークに幼児が登録してもサイズが合わないため、順番は回ってこない」と岡山大病院(岡山市北区)の大藤剛宏肺移植チーフ。親族の肺の一部を使う生体移植も大きすぎて移植できないケースがあり、「同年代の脳死ドナーが最適なのは言うまでもない」とする。

 娘の病気を機に、移植医療を身近に感じた小比賀裕也さんは願う。「子どもがドナーとなる親の心情を考えると、すぐには難しいかもしれないが、いつの日か法改正の趣旨が浸透して、国内でも小児移植がスムーズに受けられる環境が整ってほしい」

 =おわり
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年07月22日 更新)

タグ: 岡山大学病院

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