文字 

(15)妊娠前に必要なこと 川崎医大産婦人科学教授 下屋浩一郎

 「女性の体 女性の病気」についてこれまで連載をしてきましたが、これから6回ほどにわたって妊娠関連の問題について書いていきたいと思います。

 皆さんもよくご存じのように少子化は社会的な問題であり、表1に示すように平成20年の出生数は50年前(昭和35年)に比べて3分の2に減少しました。妊婦健診の充実や栄養・住環境の改善などによって妊娠・出産は女性にとって次第に安全なものになり、平成20年には妊産婦死亡は出産10万当たり3・5人(昭和35年の33分の1)、新生児死亡は千人当たり1・2人(昭和35年の14分の1)となっています。いずれの数字も世界でトップレベルの水準となっていますが、逆に言うと今でも2万8千人に1人の女性が妊娠によって命を落としている現実があります。

 女性の社会進出などに伴う結婚年齢・出産年齢の高齢化、やせ女性の増加・女性のやせ志向、若年女性の喫煙率の増加―などが背景にあり、少子化に伴い、分娩数は減少したにもかかわらずリスクの高い妊娠・出産の増加が問題となってきました。総分娩ぶんべん数は減少していますが、早産率、2500グラム未満の低出生体重児の分娩数は増加してきています。このことが、周産期医療において医師不足に加えて周産期医療体制の維持に困難を来している一因ともなっています。

 より安全な妊娠・出産を目指すには妊娠前から準備を整えておく必要があります。残念ながら妊娠に伴って母体や児こに何らかの異常が出てしまうことは避けられない面がありますが、親として児の異常ができるだけ無いように願うことは至極当たり前です。そのために重要なことを表2にまとめました。

 出産年齢の高齢化に伴って母体に合併症を有する方も増加してきており、妊娠前に母体に合併症がないかどうかを知っておくことは大切です。母体の合併症と児の異常のリスクについては表3のようにまとめることができます。妊娠前から合併症をしっかりと治療しておくことは安全に妊娠・分娩を経過するために最も重要なことです。合併症があるからといって、基本的には妊娠をためらうことはありません。不安があれば妊娠前から産科医とよく相談して適切な管理・対策を講じておくことも大切です。

 妊娠中に風疹や水痘に感染すると児に先天異常を発生するリスクが高くなり、母子の重症感染を来すことがあるので、妊娠前に風疹や水痘感染の既往があるかどうかを調べて感染の既往が無い場合にはワクチン接種を行うことも重要です。また、インフルエンザの流行期であればインフルエンザ予防ワクチンを接種することも必要です。

 葉酸というビタミンを妊娠初期に十分に摂取することで児の先天奇形が減少することが明らかとなり、欧米では20年ほど前から葉酸の補充が推奨されてきました。本来、食事から葉酸を十分に摂取することが大切ですが、残念ながら現在の日本の食生活では妊娠中に必要な量の葉酸を食事から取ることは難しい状況となっています。日本でも2000年に当時の厚生省が、葉酸が神経管閉鎖障害などの児の先天異常発生予防に有効であり、妊娠を計画する女性に関して1日400マイクログラムの葉酸サプリメント摂取の重要性を国民に伝達しました。また、海外では母体に児の先天異常合併のリスクを増加させるような合併症や薬剤の服用がある場合には、さらに大量の葉酸摂取(1日4〜5ミリグラム)を勧めています。

 日常生活では喫煙は妊娠中の母子の合併症を増加させるので禁煙を強く勧めます。飲酒も妊娠が分かれば禁酒することが望ましいです。コーヒーなどのカフェインの摂取は少量であれば影響は少ないとされていますが、過度の摂取では流産などのリスクが増加するとされています。また、母体の妊娠初期の高温も児の異常を増加させる可能性があると報告されていますので、サウナなど過度の高温は避けた方が良いとされています。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年08月01日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ