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(26)頭頸部がん 岡山大大学院・岡山大学病院形成外科 木股敬裕教授(53) がん切除後に部位再建 皮弁移植し機能と形態維持

顕微鏡下手術で多くの患者を救ってきた木股教授。術前には患部の精巧な石こうモデルを作り、シミュレーションを重ねて本番に臨む

 人間には、天命があるという。木股のそれこそが、形成外科医として患者を救うことだったにちがいない。

 生まれつき、またはがん、外傷などで変形したり、失われたりした体の表面を手術で治す形成外科。機能だけでなく、形も正常に近い状態に再建し、患者のQOL(生活の質)向上につなげる。「いかにきれいに、本来の機能、形態を作るかが目的」と木股は話す。

 治療領域は口唇・口蓋裂、多指症などの先天異常、やけど、床擦れ、切断された手足の再接着、乳がんで失われた乳房再建…。医療が専門・細分化される中にあって、全身のあらゆる部位に及ぶ。

 中でも、木股が「日本の第一人者」と評される分野が頭頸部けいぶがん切除後の再建。呼吸、食事、会話、外観などQOLに大きく関わる部分だけに「経験と技術が非常に必要」と説く。その礎が築かれたのは、30歳のころだ。

 1988年から2年間、わが国の草分けである東京大学病院形成外科に入った。「歴史が浅く、自由な発想ができる」と選んだ道。木股は、教授に同年就任した国内の権威、波利井清紀(現杏林大教授)らによる手術を一つ一つ凝視した。メスの角度、糸の細さまで脳裏に刻み、帰宅後ノートに書き留め学習。やがて手術も体験し、成長の糧とした。

 頭頸部再建はかつて、がんを大きく摘出した部位を縫って閉じるだけの手術だった。それでは生きる代償に食べる、話すといった機能を損なう。他の手法として、がんを直接たたく放射線治療が発達したが、根治は難しかった。そこに80年ごろから機能温存を目指した縮小手術が導入され、進歩を遂げた。

 手術は、がん切除で失われた部位に胸、腹、背中、太ももなどの組織「皮弁」を移植して再建、機能維持を図る。舌がんで3分の2以上が切除された舌は、腹部から採取した皮膚や脂肪、筋肉を使って作り直す。歯肉がんでくぼんだ頬に太ももの脂肪を、欠けた顎骨には膝下の骨などを移植。「現在は舌を全摘しても、90%以上の患者が話せる」と言う。

 再建を支えるのが、マイクロサージャリーという繊細な技術。顕微鏡をのぞきながら特殊な器具で、1ミリ未満の血管や神経、リンパ管を縫い合わせる。「頭頸部は細菌が感染しやすく、穴が開けば致命傷となる」だけに、速さに慎重さ、正確さを併せ手技を進める。

 がんによる頭頸部再建が2千例以上、四肢再建などを含めれば通算2500例を誇る木股。揺るぎない地歩を固めた今も、かみしめる師の言葉がある。

 95年から9年間、国立がんセンター東病院(千葉県柏市)と中央病院(東京)で形成外科トップに起用された木股。母校の筑波大学病院で出会った光嶋こうしま勲(現東京大教授)に触発され「世界初」の手術を重ねた。結果、患者に福音をもたらしたが、傷口の感染など合併症にも悩まされた。

 そんな時、東病院長(現名誉院長)の海老原敏(さとし)に「患者の立場になって考えたことがあるか」と言われ、気付かされた。「頭頸部再建で最も大切なのは、合併症を防ぐことだ」と。やがて木股は、同センターの症例を調べ安全な術式を論文で発表、切除範囲に応じた最適な再建方法を世界で初めて確立した。

 光嶋に次ぐ第2代教授で赴任した岡山大学病院でも、全国から難症例患者らが集まり、頭頸部がんによる再建は年間70〜80例。がんが治っても機能、外観で苦しむ“がん難民”の再建治療に今後、力を注ごうとしている。

 木股の働き掛けで乳がん治療・再建、小児頭蓋(ずがい)顔面形成、ジェンダーの各センターに続き、来春、医科歯科協力体制による「頭頸部がんセンター」も院内に開設される予定。

 知識と行動を一致させるべきことを説く陽明学の「知行合一」。それを座右の銘に、木股は岡山で「世界一の治療」を追い求める。

 (敬称略)

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 きまた・よしひろ 愛知県立時習館高、筑波大医学部卒。東京大学病院勤務、国立がんセンター東病院・中央病院形成外科医長、米ハーバード大留学などを経て2004年10月から岡山大大学院医歯薬学総合研究科形成再建外科学講座教授。愛知県豊橋市出身。趣味はガーデニング、釣り。


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 頭頸部がん 顔面から首までの部分に生じるがんを指す。舌がん、歯肉がん、咽頭がん、喉頭がん、上顎(じょうがく)がん、耳下腺がんなどがある。発生頻度は比較的少なく、国内では全がんの3%程度。


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 皮弁 血管のついた皮膚、脂肪、筋肉、骨、神経などの組織をいう。採取部によって大胸筋皮弁、腹直筋皮弁、大腿(だいたい)皮弁…と多くの種類がある。脂肪や筋肉などは、移植後腐らないようにするため、栄養を運ぶ血管をつけておく必要がある。一方、皮膚だけ移植する植皮の場合は、血管をつけなくても生着する。

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 外来 木股教授の診察は水曜日の午前9時〜午後3時。要予約。

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岡山大学病院

岡山市北区鹿田町2の5の1

電話 086―235―6572(形成外科外来)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年10月03日 更新)

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