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(18)妊娠高血圧症候群 川崎医大産婦人科学特任准教授 中井祐一郎

 妊娠高血圧症候群という名前は聞き慣れないもののように思われるかもしれませんが、昔で言う「妊娠中毒症」のことです。と申し上げれば、何だとおっしゃる方も多いかと思います。

 かつては「浮腫」「蛋白(たんぱく)尿」「高血圧」のいずれか一つでもあれば「妊娠中毒症」と呼んでいました。お産の経験がある方ならばよくお分かりかと思いますが、妊娠末期には足のむくみ(浮腫)はよくあることですし、浮腫だけでは母児の予後(医学的な見通し)に影響がないことが明らかとなったので、浮腫は問題としないことになりました。

 したがって妊娠高血圧症候群は、高血圧のみの妊娠高血圧と、高血圧と蛋白尿の両方がある妊娠高血圧腎症に分けられます=表1参照。蛋白尿だけの場合はどうなるのかというと、妊娠高血圧症候群には含めないことになっていますが、重度の蛋白尿がある場合は、お母さんのみならず赤ちゃんにも影響することがあるので、注意が必要です。

 妊娠高血圧症候群は昔からよく知られた病気ですが、原因はよく分かっていません。ヒトの病気の多くは、動物、特に哺乳類には共通するものが多いのですが、妊娠高血圧症候群はヒトにしか自然には発症しないようです。そこで、その根本原因として、ヒトの特徴である2本足での立位歩行時における巨大な妊娠子宮の影響が考えられたこともあります=図1参照。確かに、同じように2本足で立って生活するカンガルーなどは、非常に未熟な赤ちゃんを産むので、妊娠してもヒトのように大きなおなかを抱えて歩くことはありません。

 もっとも最近では、妊娠初期から胎盤付着部位で生じた血管の異常が原因であるという説もあり、必ずしも2本足歩行のみに由来するわけではないようです。

 妊娠高血圧症候群によって直接起きる重篤な合併症としては、高血圧による脳出血や全身痙攣(けいれん)から意識喪失を起こす子癇(しかん)があります。その他にも、肺に水がたまる肺水腫や肝臓を含めた多臓器障害に加えて血液凝固障害を起こすHELLP症候群とも深い関係があり、これらはいずれもお母さんの命に関わるものです。

 胎児側への影響としては、胎盤機能不全による胎児発育遅延は珍しくありませんが、これが重篤になると子宮内胎児死亡に至ります。また、突然胎盤が剥がれてしまう常位胎盤早期剥離という病気とも関係があると言われています。胎盤は赤ちゃんの命綱ですから、これが起きると赤ちゃんは極めて危険な状態になります。このように、妊娠高血圧症候群は、重症になると、母児の命に関わるいろいろな影響を来す病気です。

 妊娠高血圧症候群のリスク因子としては、表2に示すものが知られています。有効性が証明された予防法はありませんので、このようなリスクのある方は、定期健康診査を怠らないようにしましょう。いったん発症すれば、蛋白尿に対する治療法はありませんし、高血圧に対しては降圧剤も使いますが、妊娠を終結させる(分娩させる)以外に抜本的な治療法はありません。したがって、お母さんや赤ちゃんの状態によっては、早期産期でも積極的に分娩を考えなければなりません。軽症の場合には自宅で安静にしていただいてもよいですが、重症化すれば入院をしていただき、母児の命に関わる重篤な病気の前兆の有無を監視しながら、お産に持って行くほかありません。

 もちろん、赤ちゃんの事ですから、やみくもに早く出せばよいというものではありませんし、それぞれの状況によって分娩の時期を決めることが大切ですので、主治医の先生とよく相談する必要があります。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年10月03日 更新)

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