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(30)岡山赤十字病院脳神経外科 小野田 惠介部長(48) 脳動脈瘤クリッピング・微小血管減圧術

どこからどういうルートで患部にアプローチし器具は何を使うか―。小野田部長は手術手順をすべて頭の中で組み立てる

 脳血管の3次元画像が投影されたモニターをドクターたちが囲む。枝分かれした細い血管にもみんな名前がある。動脈瘤(どうみゃくりゅう)があるのはどの血管か、即座に読み取らねばならない。小野田は切開する頭蓋の範囲や血管へ到達するルートなど、手術手順を確認する。

 大量の血液を運ぶ脳動脈にこぶができ、破裂してくも膜下出血を起こすと命にかかわる。こぶの根元に小さな金属クリップを挟み、破裂を防ぐのがクリッピング手術。

 激痛を伴う三叉(さんさ)神経痛や、意思と関係なく顔がぴくぴく動く顔面けいれんは、近接する血管によって神経が圧迫されて生じることが多い。クッション材を挿入したり、こより状の素材で血管をつり上げて位置をずらすのが微小血管減圧術。いずれも顕微鏡をのぞきながら、極めて繊細な手技が要求される。

 小野田が島根医大に在学中、日本初の生体肝移植(1989年)が行われ、地方にいても全国に通用する手術ができると志を抱いた。症状と原因が理詰めで解ける「クリア」な脳神経外科にひかれ、岡山大に入局。臨床研修後、米国シアトルのワシントン大へ留学し、さらに基礎研究を続けた。

 真の意味で手術修業したのは、尾道市立市民病院で土本正治副院長に教わった時代だと言う。頭蓋骨を外し、脳を包む硬膜を切ろうとすると、土本が「そっちじゃない。こっちだ」と厳しく叱咤(しった)する。幼児が箸(はし)の持ち方をしつけられるようなもの。涙がにじみそうになるほど悔しい。

 脳の表面にあるくも膜にも、つっぱり感があって切りやすい方向と、柔らかくて切りにくい方向がある。神経や血管の周囲の組織を剥離(はくり)するのでも、正しい方向からやれば損傷が少なく、より時間短縮できる。

 「当時は理解できなかったことが、今はよく分かる。将棋で5手先まで読んで1手目を指すような…。先の展開が予測できればスマートに行く。宮大工の世界に近いのかもしれません」

 講義で学ぶことはできないし、本にも書いていない。宮大工が木目や節を読むように、手術室で患部を見た瞬間に分かるよう、ひたすら師匠の手技をまね、自分のものとして身につけるしかない。

 6年間経験を積み、「プラスアルファを磨け」と土本に送り出された小野田は、岡山大病院を経て岡山赤十字病院に赴任し、全国に先駆けた取り組みを始めた。患者が意識を保ったまま行う覚醒下クリッピング手術だ。

 もちろん術中も痛みはない。言語聴覚士が話しかけて計算してもらったり、麻酔医が手を握ったりして、高次脳機能や運動感覚機能を確認する。もし異常があれば、状況を正確に判断し、クリップをかけ直すこともできる。通常の全身麻酔に比べ、合併症のリスクを究極まで減らせると考えた。

 現在は適応を限ってやっているが、「スタッフの動きや器具操作の手順がやっと安定した。適応を拡大していきたい」と言う。

 微小血管減圧術でも聴性脳幹反応(ABR)の術中モニタリングを導入。異常の兆候を察知すると操作の手を止めて回復を図り、難聴などの合併症ゼロを継続している。

 赴任前の2007年に108例だった同病院の手術数も年々増加。10年には313例になり、今年は350例に迫りそう。岡山県外からの紹介患者も多い。動脈瘤の中でも脳深部に存在し、細い枝血管に障害を起こしやすい脳底動脈瘤など、極めて難しい症例の占める割合が高い。

 「患者さんが来れば断りません。リスクを説明して納得していただけるなら、ベストを尽くします」

 聴神経腫瘍など後頭蓋窩(こうずがいか)(後頭部下半分の脳幹や小脳の部分)にできる腫瘍摘出術も多いが、さらに積極的に取り組みたいと言う。三叉神経や顔面神経への到達手術で挙げた実績が、多数の脳神経を痛めてはならない高度な手術に生かせる。

 研修医を抱え、後進を指導する立場になった。だらだらと手術時間が延びるのは好まない。スムーズにいかない原因をその場で追究し、対処するようにしている。

 「手術は頭を使ってやるもの」。求道者の姿勢はぶれることがない。

 おのだ・けいすけ 広島県立廿日市高、島根医大(現島根大医学部)卒。米国ワシントン大留学後、尾道市立市民病院脳神経外科医長、岡山大脳神経外科助教を経て2008年1月から現職。日本脳神経外科学会専門医。

 聴性脳幹反応(ABR) 音刺激を与え、蝸牛(かぎゅう)から脳幹へ至る聴覚伝導路で発生する活動電位を頭皮の上から測定する。意識や睡眠の状態による影響を受けにくく、難聴や脳幹障害の診断に活用されている。脳死判定の際、脳波検査と併せて確認することが望ましいとされている。

 髄膜・くも膜 柔らかい脳は3層の髄膜で保護されている。頭蓋骨の内側を硬膜、くも膜、軟膜の順で包み、くも膜と軟膜のすき間は脳脊髄液で満たされている。脳動脈瘤破裂でくも膜下出血を起こすと、大量の出血で脳が圧迫され、命をとりとめても重い後遺症が生じることが多い。

 外来 小野田部長の外来診察は毎週火・金曜日午前。

岡山赤十字病院

岡山市北区青江2丁目1の1

電話 086―222―8811

メールアドレス oka"rcgh@okayama"med.jrc.or.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年12月05日 更新)

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