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第1回「眼」 川崎医科大学眼科学1 三木淳司教授

三木淳司教授

 ヒトのからだはとっても不思議だ。周囲の風景がどうして見えるのか、雑踏の中で知っている人の声をなぜ聞き分けられるのか。そこには当たり前ではない複雑で巧妙な仕組みがある。本年度の川崎学園特別講義のテーマは「ヒトのからだを知ろう」。外界からの刺激を受け取る感覚器、栄養分を吸収して不要なものを排泄(はいせつ)する消化器、大気中から酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出す呼吸器などの不思議に迫り、なったら困る病気や治療法も紹介する。第1回は「眼(め)」。川崎医科大学眼科学1の三木淳司教授に話を聞いた。

■仕組みと働き

 ものを見るには眼球と脳の連携に加え、まぶたなど付属器の働きが大切です。どれが欠けてもうまく見えません。

 視覚は光によって生じます。瞳孔(どうこう)から入った光が網膜に達すると、網膜の中にたくさんある視細胞が刺激を受けて興奮し、視神経を通じて形や色などに関する情報(電気信号)を脳に送ります。脳の視覚中枢で、そうした各種の情報がまとまって視覚となります。

 【眼球】

 眼球の一番外側にある角膜は眼を保護したり、前に突き出ているので凸レンズの役割もします。虹彩(こうさい)は、光が通り抜ける瞳孔の大きさを変えて眼球の中に入る光の量を調節します。

 凸レンズである水晶体(すいしょうたい)は、周囲を囲む毛様体(もうようたい)が収縮したり弛緩することで薄くなったり厚くなったりします。光は水晶体の厚みに応じた角度で屈折し、ちょうど網膜の位置でピントが合って像が結ばれます。水晶体の厚みは自律神経によって無意識のうちにコントロールされていますが、老眼(老視)になるとうまくピント調整ができなくなります。

 角膜と水晶体の間は房水(ぼうすい)という液体で満たされていて、房水は角膜や水晶体などに栄養を補給します。

 硝子体(しょうしたい)は無色透明のゼリー状の組織です。水晶体で屈折した光が網膜で像を結ぶには一定の距離が必要です。硝子体は内側から眼球を支えて球体の形を維持しています。

 網膜は厚さ0・1~0・4ミリの薄い膜ですが、とても高機能です。光を感じる視細胞には、明るいところで色や形を識別する錐体(すいたい)細胞(約650万個)、暗いところでも光を感じる杆体(かんたい)細胞(約1億3千万個)があります。視細胞の情報は網膜内の神経節細胞へと伝えられ、神経節細胞の一部(神経突起)は眼球を飛び出て視神経となり、脳へと延びています。

 【脳】

 視神経は右と左でそれぞれ約100万本ずつあり、脳の中心部(視交叉(しこうさ))で交差します。右目と左目の右半分の視野は左脳に、右目と左目の左半分の視野は右脳に送られます。

 視覚中枢は後頭葉にあります。後頭葉のほとんどが視覚の領域なのです。視覚中枢では過去の経験や記憶、その時の状況の影響も受けながら、今見ているような映像が構成され、視覚となります。

 私たちはものを見た瞬間に「これはペンだ」というふうに認識しますし、人混みの中で親しい人の顔を瞬時に見分けることもできます。これは、ただ見ているのではなく、記憶などさまざまな影響を受けながら脳が視覚を作り上げているからです。

 【付属器】

 付属器としてはまぶたが大切です。まぶたがなければ涙液(るいえき)が乾いてしまってうまく見えなくなります。まばたきをすることで、涙がまんべんなく眼の表面に行き渡ります。涙の層が角膜を覆っていることで、眼の表面がなめらかになって光が屈折することなくまっすぐ入ってこられるのです。眼が乾いてしまうと角膜が傷付き、視力が落ちます。

 眼を上下左右に動かしているのは外眼筋(がいがんきん)です。6本あり、互いに引っ張り合って微妙なバランスを保っています。バランスが崩れると眼が片方に寄ったりして斜視になります。ものが二重に見えたりします。

■子どもの病気

 眼の病気には白内障や緑内障、網膜剥離などいろいろあります。今回は幼いころからの早期発見が大切な弱視、斜視、近視についてお話しします。

 【弱視】

 弱視には医学的弱視と社会的弱視(ロービジョン)があります。社会的弱視は脳や視神経などの異常が原因で、治療による改善は望めません。ここでは視力向上が期待できる医学的弱視を取り上げます。

 視覚機能は生後間もない時期から眼球や脳の発達とともに育っていきます。

 生後すぐは視力はほとんどありません。周囲のさまざまなものを見続けて脳が刺激を受け、視力は育ちます。ところが遠視や乱視、斜視があるとピントが合わず、ぼやけたり二重に見えたりします。そうした子どもはピントが合った状態を経験したことがなく、ぼやけた世界が「普通」で、それ以上、脳の視覚機能が発達しなくなります。問題なのは、その子自身に「おかしい」という自覚がないことです。

 とりわけ多いのは片目の弱視です。良いほうの目で見て不自由がないから、脳は悪い方の眼の情報は無視してしまう癖が付いてしまうのです。

 異常に気づいて眼鏡をかけさせたとしても、脳の発達が伴っていないので、すぐにはピントの合った世界は見えてきません。脳の発達を促す必要があります。弱視は視力の発達障害なのです。

 弱視は3歳児検診で見つかることが多く、早い段階から治療を始めれば機能の発達が見込めます。

 【斜視】

 瞳の向きがずれていることを斜視と言います。ものが二重に見えたり立体的に捉えられず、日常生活に支障が出る場合があります。両目で正しく見られないため視覚の発達に影響し、弱視につながる可能性もあり、早期治療が必要です。

 原因は、眼を動かす外眼筋や神経の異常、遠視などです。治療は眼鏡による遠視の矯正や斜視手術を行います。光の進む方向を曲げるプリズム眼鏡が有効な場合もあります。

 最近は多くの子どもがスマートフォンを日常的に、しかも長時間使っています。こうしたスマホやタブレットの過剰な使用が、内斜視(寄り目)の原因になることもあります。本などを読む際、眼と紙面との平均距離は約30センチですが、スマホなどの場合は画面が小さいのでより近づいて、眼や脳に大きな負担となっています。少なくとも30センチ以上は離れて画面を見るようにしてください。

 【近視】

 近くのものにピントは合うが、遠くはぼやけて見える状態が近視です。子どもの近視は年々増えています。両親がともに近視であったり、長時間の勉強やパソコン、スマホなどを長時間見続けていると近視になりやすくなります。そのまま眼を使い続けると近視が進行し、失明の危険もある網膜剥離や緑内障などになる可能性があります。

 近視の進行を防ぐには、過度の近見作業(ごく間近で見続けること)を避け、適切な眼鏡による矯正をすることが良いと考えられています。

 近視予防には、1日2時間程度の外遊びが良いとされています。太陽光を浴びると、近視の進行が抑えられるという研究結果が出ています。

 長時間のスマホ使用は避け、時折眼を休ませ、太陽の下で外遊びをさせるのが子どもの目の発達には良いようです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2022年05月16日 更新)

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