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(33)骨盤臓器脱TVM手術 岡山労災病院産婦人科・井上雅医師(37) 女性のQOL改善に力 網状シートを挿入し補強

メッシュシートを手にTVM手術の流れを話す井上医師。「おしものことで悩んでいたら気軽に相談してください」

 立ち上がったりしておなかに力が入ると無意識に尿漏れしてしまう。今は小学4年生になる長男を出産した直後のこと。井上は、これまでになかった経験に驚いた。

 おなかに大きな力が加わる妊娠や出産によって膀ぼう胱こうなどを支える筋肉が緩み、尿をきちんとコントロールできなくなったためだった。回復に効果がある骨盤底筋体操に励み、1週間ほどで回復した井上。「これが毎日ずっと続くと、すごく憂鬱(ゆううつ)で大変だろうな」

 出産時の体験は井上が、女性を悩ませる「骨盤臓器脱」に大きな関心を向ける節目となる。「新しい知識を取り入れて、いろんなことにチャレンジしたい」。快活にこう話す2児のママさん医師は「TVM」という最新手術で症状を改善させ、女性がアクティブな日々を取り戻す手助けをしている。

 骨盤臓器脱は、膀胱や子宮、直腸などの骨盤内臓器が膣ちつに下がる病気。名前はあまり知られていないが、症状を持つ人は妊娠を経験した人の3〜4割とも言われている。出産や加齢、活発な運動などが原因で、骨盤内臓器をハンモック状に支える筋肉や靱じん帯たいが緩むことで起こる。60〜70代の受診が最も多い。

 子宮脱、直腸瘤(りゅう)と臓器ごとに名前があるが、数としては膀胱瘤が目立っている。陰部の違和感はもちろん、尿道が曲がり、尿漏れが起きたり逆に出にくくなる。手で触れることができるほどに下がってしまうと、「トイレの時に膀胱を指で押し戻さないと排尿できない人もいます」と井上。生活の質(QOL)は明らかに低くなる。

 TVM手術では、骨盤内臓器と膣壁の間で補強が必要な部分に、薄い網状のメッシュシート(ポリプロピレン製)を1、2枚敷くことで、骨盤内臓器が下がるのを防ぐ。2000年ごろにフランスで編み出され、現在300例超の実績がある岡山労災病院は、中四国地方ではいち早く06年に取り入れた。

 骨盤内臓器が膣口から1センチ以上出ている場合が、TVM手術の対象。1センチ未満でも、症状によっては手術することがある。

 流れはこうだ。まず膣壁を切開。そこから入った膣壁の裏側をかき分けるようにはがした後、メッシュシートを挿入。このシートの端を体の奥の靱帯に通すことで、下がった骨盤内臓器は自然に持ち上がり元の位置に戻る。シートを辺りに少し縫い付けて固定。全体の所要時間は、1枚約1時間。

 付ける傷はわずかで体への負担が小さいだけに、井上が見える範囲は限られる。頼りは、頭にたたき込んだ解剖図と手指に伝わる骨盤内の感触。見えない血管と骨盤内臓器を傷つけないよう手術器具を扱うことが腕の見せどころだが、約200例を経験したこれまでの間に、「意識せず狙ったところに器具を持っていくことができる」というレベルに達した。

 井上は長男出産後、TVM手術に出会う。博士号取得などで岡山大学泌尿器科に籍を置いていた時に出席した海外での学会だった。

 下がった骨盤内臓器のそばの膣壁を縫い縮めて補強したり、子宮自体を取ったりと、手術法はあるにはあった。とはいえ、縫い縮めても2〜3割は再発の可能性があるほか、悪くもない子宮を取ることは釈然としない。

 一方のTVM手術は、骨盤内臓器を自然な状態に戻してメッシュシートを置くだけ。

 「理にかなっている」

 先行していた岡山県外の医師に教えを請うた。岡山労災病院では友國弘敬産婦人科部長と小澤秀夫泌尿器科部長(現川崎医大川崎病院医師)に実地で鍛えられ、転勤当初の07年から手がけている。メッシュシートの縫い付け方を工夫したことも功を奏し、再発はほとんどない成績だ。

 泌尿器科が専門の井上。今、友國の指導で婦人科医としてのキャリアも重ねている。看板は違うものの深く関連するこの二つの分野。どちらで診察を受けて良いのか迷う女性が多い状況も考えてのことだ。

 「おしものことなら私に任せてって言えるようになるのが目標です」。井上の言葉からは、持ち前のチャレンジ精神はもちろん、患者を思うぬくもりも伝わる。 (敬称略)

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 いのうえ・みやび 高知医科大(現高知大医学部)卒。岡山大学病院泌尿器科入局後、岡山中央病院などを経て、2007年から岡山労災病院泌尿器科。11年から産婦人科。夫は大学の同級生で内科医。小学生の息子二人を持つ。楽しみは、実家がある宮崎県での家族キャンプ。

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 外来 井上医師の診察は火、水、金曜日の午前9時〜11時半。水曜日午後2〜4時には骨盤臓器脱を専門に診る「女性骨盤底外来」(予約制)も担当している。問い合わせは岡山労災病院代表電話へ。

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岡山労災病院

岡山市南区築港緑町1の10の25

電話 086―262―0131

メール shomu2@okayamah.rofuku.go.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年02月06日 更新)

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