(36)認知症の食行動、摂食・嚥下 万成病院 小林 直樹歯科医長(53) 原因疾患別の食事ケアを 食べる機能を内視鏡検査
老いは誰もが通る道ではあるが、道のりは平たんではない。“ハードル”の一つは認知症である。
国内での患者数は約200万人と推計され、平均寿命の延びに伴い、3年後には250万人に達すると予想されている。万成病院でも、入院患者の約半数に診断がついている。
「口から食べる力を最大限に引き出して、生活の質を高める手助けをする。それが歯科医師である私の役割」。こう話す小林は、食事に関連する行動や嚥(えん)下(げ)機能に障害がある認知症患者のケアとリハビリに、スタッフと共に力を注いでいる。
万成病院のある病棟。食堂では、認知症の高齢者らが昼食を取っていた。
スポンジを巻き柄の太さを調節したスプーンや、すくいやすいように部分的に傾斜を付けた深皿が利用されている。患者が食器の片側からだけで食べようとすると、スタッフが食器の向きを変えることで、すくい損ねるのを防いだ。同病院が行う食事ケアの1例だ。
認知症は、原因となる脳のダメージ(原因疾患)により、アルツハイマー型、前頭側頭型、レビー小体型、そして脳血管性などに分けられる。食事に関連する行動も異なってくる。
そこで、個々に応じたきめ細やかな食事ケアを進めるために、小林は「原因疾患別の特徴を把握することが大切」と指摘。顕著な例として、アルツハイマー型認知症と前頭側頭型認知症を挙げる。
原因疾患で最も多いアルツハイマー型では、初期には記憶をつかさどる海馬と道具を使う機能を支配する頭頂葉が萎縮するため、食べ物と認知できなかったり、食器の使い方が分からないために、食事がスタートできなくなることがある。萎縮が進むと、嚥下障害が現れ唾液の嚥下すら困難になる。
前頭葉などが萎縮する前頭側頭型では、自分自身のコントロールや抑制が難しくなる。このため、食べ物を口に詰め込んだり、早食いするケースでは、食事でのリスクマネジメントが重要になる。
本人の好物を用意し食事の関心を引き出し、食べやすい姿勢やふさわしい食形態など、環境を事前に整えて、食べる動作について必要部分だけを支える―。このように「認知症の人の“できる力”に着眼し、それを引き出す環境づくりが重要になる」と小林は言う。そして「関わる私たち自身も環境の一部であると自覚することも重要」と続ける。
「原因疾患別の食事ケア」に深い関心を持ち始めたのは、2010年。自らが立ち上げ、岡山県内外の歯科関係者らが集う「病院歯科介護研究会」の総会・学術講演会で、山田律子北海道医療大教授らの話を聴いたのがきっかけだ。
この食事ケアをめぐる話は、総会・学術講演会の数年前から提唱されだした比較的新しい考え方だった。脳の各部分が持つ機能と食行動がリンクするとの説明は、すとんと腑(ふ)に落ちた。小林は後日、この会が縁となり、東京都健康長寿医療センター(地方独立行政法人)による認知症と食行動についての調査研究(同年度)で、一翼を担うことになる。
認知症がある人の嚥下機能の現状にも、小林らは常に気を配る。
機能のどこかで不具合があった場合、誤嚥性肺炎や窒息、脱水状態を引き起こす恐れや、栄養を十分取れない可能性もある。認知症がある人の場合、自分の状況を周囲へ正確に伝えることは難しい。
そこで嚥下内視鏡を活用。検査では、普段口にするおかゆやゼリーなどを患者が食べながら、小林がのどの様子を確認する。「嚥下反射の遅延はないか、咽頭残留はないか、誤嚥の恐れはないかなどを調べて、患者が安全に摂取できる形態の食べ物を探します」。歯科衛生士も、患者の口を清潔にする口(こう)腔(くう)ケア以外に、口から安全に摂取するための嚥下訓練を担う。
歯科医師や歯科衛生士だけでなく、担当医や看護師、言語聴覚士、作業療法士、栄養士、放射線技師らが協力してのケアやリハビリ。連携があってこそ、個々に見合った対応ができる。そう考える小林は今、手応えを感じている。「必要なのは病院の総合力。万成では、年々着実に高まっています」
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こばやし・なおき 芳泉高、日本歯科大卒。岡山市内の歯科医院などを経て1987年から万成病院。医学博士、日本老年歯科医学会指導医・認定医、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士などの肩書を持つ。
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外来 小林医長の一般歯科診療の受付時間は、月〜土曜日の午前8時40分〜11時半と午後1〜4時。
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万成病院
岡山市北区谷万成1の6の5
電話086―252―2261
メールアドレス
oralcare@mannari.or.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。
国内での患者数は約200万人と推計され、平均寿命の延びに伴い、3年後には250万人に達すると予想されている。万成病院でも、入院患者の約半数に診断がついている。
「口から食べる力を最大限に引き出して、生活の質を高める手助けをする。それが歯科医師である私の役割」。こう話す小林は、食事に関連する行動や嚥(えん)下(げ)機能に障害がある認知症患者のケアとリハビリに、スタッフと共に力を注いでいる。
万成病院のある病棟。食堂では、認知症の高齢者らが昼食を取っていた。
スポンジを巻き柄の太さを調節したスプーンや、すくいやすいように部分的に傾斜を付けた深皿が利用されている。患者が食器の片側からだけで食べようとすると、スタッフが食器の向きを変えることで、すくい損ねるのを防いだ。同病院が行う食事ケアの1例だ。
認知症は、原因となる脳のダメージ(原因疾患)により、アルツハイマー型、前頭側頭型、レビー小体型、そして脳血管性などに分けられる。食事に関連する行動も異なってくる。
そこで、個々に応じたきめ細やかな食事ケアを進めるために、小林は「原因疾患別の特徴を把握することが大切」と指摘。顕著な例として、アルツハイマー型認知症と前頭側頭型認知症を挙げる。
原因疾患で最も多いアルツハイマー型では、初期には記憶をつかさどる海馬と道具を使う機能を支配する頭頂葉が萎縮するため、食べ物と認知できなかったり、食器の使い方が分からないために、食事がスタートできなくなることがある。萎縮が進むと、嚥下障害が現れ唾液の嚥下すら困難になる。
前頭葉などが萎縮する前頭側頭型では、自分自身のコントロールや抑制が難しくなる。このため、食べ物を口に詰め込んだり、早食いするケースでは、食事でのリスクマネジメントが重要になる。
本人の好物を用意し食事の関心を引き出し、食べやすい姿勢やふさわしい食形態など、環境を事前に整えて、食べる動作について必要部分だけを支える―。このように「認知症の人の“できる力”に着眼し、それを引き出す環境づくりが重要になる」と小林は言う。そして「関わる私たち自身も環境の一部であると自覚することも重要」と続ける。
「原因疾患別の食事ケア」に深い関心を持ち始めたのは、2010年。自らが立ち上げ、岡山県内外の歯科関係者らが集う「病院歯科介護研究会」の総会・学術講演会で、山田律子北海道医療大教授らの話を聴いたのがきっかけだ。
この食事ケアをめぐる話は、総会・学術講演会の数年前から提唱されだした比較的新しい考え方だった。脳の各部分が持つ機能と食行動がリンクするとの説明は、すとんと腑(ふ)に落ちた。小林は後日、この会が縁となり、東京都健康長寿医療センター(地方独立行政法人)による認知症と食行動についての調査研究(同年度)で、一翼を担うことになる。
認知症がある人の嚥下機能の現状にも、小林らは常に気を配る。
機能のどこかで不具合があった場合、誤嚥性肺炎や窒息、脱水状態を引き起こす恐れや、栄養を十分取れない可能性もある。認知症がある人の場合、自分の状況を周囲へ正確に伝えることは難しい。
そこで嚥下内視鏡を活用。検査では、普段口にするおかゆやゼリーなどを患者が食べながら、小林がのどの様子を確認する。「嚥下反射の遅延はないか、咽頭残留はないか、誤嚥の恐れはないかなどを調べて、患者が安全に摂取できる形態の食べ物を探します」。歯科衛生士も、患者の口を清潔にする口(こう)腔(くう)ケア以外に、口から安全に摂取するための嚥下訓練を担う。
歯科医師や歯科衛生士だけでなく、担当医や看護師、言語聴覚士、作業療法士、栄養士、放射線技師らが協力してのケアやリハビリ。連携があってこそ、個々に見合った対応ができる。そう考える小林は今、手応えを感じている。「必要なのは病院の総合力。万成では、年々着実に高まっています」
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こばやし・なおき 芳泉高、日本歯科大卒。岡山市内の歯科医院などを経て1987年から万成病院。医学博士、日本老年歯科医学会指導医・認定医、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士などの肩書を持つ。
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外来 小林医長の一般歯科診療の受付時間は、月〜土曜日の午前8時40分〜11時半と午後1〜4時。
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万成病院
岡山市北区谷万成1の6の5
電話086―252―2261
メールアドレス
oralcare@mannari.or.jp
(2012年03月19日 更新)