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(2)食道編・下 川崎医療福祉大医療福祉学部教授 川崎医大総合外科学准教授 川崎医大川崎病院外科副部長 山辻知樹

やまつじ・ともき 岡山大大学院医学研究科卒。医学博士。同大学院医歯薬学総合研究科消化管外科・肝胆膵外科医局長などを経て2010年から現職。日本食道学会評議員、同食道科認定医。

PET/CTで診断された食道がんの転移(矢印の部分)

食道がん

 早期の食道がんは症状に乏しく、食道のしみる感じや不快感、違和感を訴える人はいるものの、多くは無症状です。がんが進行して食道の内腔(ないくう)が狭くなると食べ物がつかえる感じ=嚥下困難(えんげこんなん)が出現します。進行食道がんにおける食べ物のつかえる感じは、急いでよく噛(か)まずに食べたときに起こりやすいのですが、よく噛んでゆっくり食べたり、水分と一緒に飲んだりすれば、つかえ感を感じなくなります。このため、つかえ感を感じていても、治ったと思ってしまうことがあります。食事にかかる時間が長くなってきたことを周囲の家族などが気づいて、受診されることもあります。

 さらに食道がんが進行し、穴が開いて気管支につながる食道気管支瘻(しょくどうきかんしろう)ができる場合もあります。食物や唾液が気管支を通して肺に入るため、食事のたびに咳(せき)が出たり、肺炎を起こすことがあります。

 【原因】食道がんのはっきりした原因はまだわかっていませんが、男性に多く、男女比は7対1、飲酒および喫煙との関係が指摘されています。1日に30本以上のヘビースモーカーや酒1・5合以上の飲酒の習慣がある人では、食道がんの発生率が、非喫煙、非飲酒者の40倍と報告されています。最近の研究では、飲酒によりすぐに顔が赤くなる人はそうでない人に比べて食道がんになりやすいことが明らかになってきました。また、刺激物や熱い食事、熱い飲み物などを好む人にも食道がんが多いことが指摘されています。

 【診断】食道がんの早期発見に最も有効な検査は定期的な内視鏡検査であるといえます。当院(川崎医大川崎病院)の内視鏡センターでも「NBI」と呼ばれる最新の内視鏡システムを完備して食道がんの早期発見および治療を行っています。内視鏡検査で食道がんであることがわかると、CT(コンピューター断層撮影)検査でがんの周囲への広がりや、リンパ節などへの転移を調べます。最新の検査法であるPET/CT検査が食道がんの転移や再発の検索に有効であることがわかり、注目されています=写真参照

 【治療】(1)内視鏡的切除=食道がんが早期に内視鏡で発見され、他の検査で転移もない場合、カメラによる治療が勧められます。早期食道がんに対する内視鏡的粘膜下層切開剥離術は「ESD」と呼ばれ、近年最も技術革新が進んでいます。内視鏡の先から専用の細い電気メスなどを用いて、早期食道がんを周囲から切開、剥離した上で切除する方法です。数日から1週間以内の入院で済むことが多く、患者さんの身体的な負担も軽い安全な治療です。

 (2)手術=症状は軽いとしてしても、食道がんが周囲のリンパ節(リンパ腺)に転移している可能性がある場合、内視鏡でがんを治すことはできません。外科手術で周囲のリンパ節を含めて切除します。全身麻酔をかけた状態で右胸の肋骨(ろっこつ)と肋骨の間(肋間)を小さく切開し、胸部食道と周囲のリンパ節を切除した上で、残された胃あるいは腸管を胸の中あるいは頸部まで持ち上げて頸部食道とつなぎます。胃を持ち上げる方法(胃管による食道再建)はこれまで多く行われてきましたが、手術後に逆流性食道炎などの症状が残る可能性があります。私たちは現在、胃の機能を残したまま腸管を用いて食道をつなぐ方法「胃機能温存術式」=図参照=を開発しています。患者さんの体に対する負担の軽い、安全な手術方法の確立を目指しています。

 (3)化学放射線療法=PET/CT検査などから進行食道がんで転移も明らかな場合、手術より先に化学療法(抗がん剤)の治療が勧められることがあります。また、進行食道がんが周囲の組織に食い込んでいたり、何らかの理由で手術ができない場合には、抗がん剤に加えて放射線治療を行います。

 (4)ステント療法や緩和療法=食道がんがかなり進行し、手術や化学放射線療法の効果がない場合、少しでも食事を口から食べられるようにすることを目標として、食道ステントをお勧めすることがあります。自己拡張型ステントという金属性の網で作られた管を、がんで狭くなった食道に入れると、狭いところが押し広げられ、飲み物や食事をとることができるようになります。がんによる痛みに対しては、安全にオピオイド(麻薬製剤)を使い、苦痛を伴わず安心して治療を受けていただきます。

 (5)がんワクチンなど=食道がんは他の消化器がんと比較しても早期診断や治療が難しく、世界中で新しい治療法の研究が行われています。私たちは以前よりがん免疫の仕組みを用いて治療を行うがんワクチン開発の共同研究に取り組んでいます。まだ研究段階ですが、近いうちに当院でも臨床試験といわれる研究段階で患者さんに対する効果を調べることができるようになります。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月19日 更新)

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