文字 
  • ホーム
  • 特集・話題
  • 医のちから
  • (38)重症心不全外科治療・低侵襲心臓手術 心臓病センター榊原病院 坂口 太一副院長(45) 米と日本で移植手術経験 植え込み型人工心臓普及にも力

(38)重症心不全外科治療・低侵襲心臓手術 心臓病センター榊原病院 坂口 太一副院長(45) 米と日本で移植手術経験 植え込み型人工心臓普及にも力

「伝統ある専門病院の榊原病院で頑張って手術数をさらに増やしたい」と意気込む坂口副院長

植え込み型人工心臓エヴァハートのポンプ(手前)とコントローラー(サンメディカル技術研究所提供)

 榊原病院への赴任を控え、坂口は大阪大病院にいる30歳代の女性患者のことが気がかりだった。

 2009年に突然、劇症型心筋炎を発病。心筋が完全に壊死(えし)し、心臓はぴくりとも動かない。坂口は臨床研究として認められたばかりの植え込み型人工心臓に一縷(いちる)の希望を託し、体外式人工心臓を二つの植え込み型に入れ替える前例のない難手術を成功させた。

 しかし二つの人工心臓に頼り切る状態で長期生存できた例は世界にもない。左心の野球ボール大540グラム、右心の親指大90グラムのポンプが故障した瞬間に命は終わる。

 「生きてその後の人生を子どもたちと歩みたい」という女性の祈りが通じたのか、2年近い待機を経て昨年12月にドナーが現れ、移植手術が実現。今年2月末に退院できた。

 「これで思い残すことはない」。日本の心臓移植を支えてきた坂口も、一区切りつけた感慨に浸った。

 坂口が生まれた1967年、世界初の心臓移植手術が南アフリカで行われた。翌年、日本でも札幌医大で第1例の心臓移植。だが、坂口が医師を志したころ、日本では脳死をめぐる議論が続き、2例目は重い扉に閉ざされたままだった。

 入局した阪大第一外科は、聞きしに勝るスパルタ教育。新人研修医はICUに泊まり込み、術後患者の容体を付きっきりで見張る。「寝るな」と活を入れられ、やむなく手術見学中に立ったまま眠る技を習得した。

 関連病院に勤務し、1997年に阪大病院に戻ると、病棟は若い重症心不全患者であふれていた。まだ心臓移植は再開されず、体外式人工心臓を装着した患者は次々に力尽き、目の前で亡くなっていった。「移植さえできれば…」。日に日に思いを募らせた。

 99年、「ちゃんとした手術トレーニングを受けたい」と決意し、米国の心不全治療センターに位置づけられるコロンビア大付属病院(ニューヨーク)へ留学。研究職として働きながら米国の免許を取得し、4年目から手術スタッフに加わった。

 年間約2000例の心臓手術に対し、レジデント(専門研修医)は6人くらい。指導医に付いて毎年300例近くの手術を執刀できる。メスを持たせてもらえず、上級医の手術を見て覚えるという日本とはまるで違う。やりたくてもできなかった心臓移植は、むしろレジデントが執刀できるチャンス。約50例の心臓移植手術を執刀し、後半は指導医の立場も経験した。

 2007年に帰国。10年に改正臓器移植法が施行され、やっと日本も本格的な心臓移植の時代を迎えた。その間、坂口は阪大心臓移植チームの中心として働き、30例近い移植手術に携わった。

 榊原病院への赴任は「一臨床人に戻るため」だと言う。阪大の心臓移植は軌道に乗り、米国で受けたトレーニングを後輩たちに伝授してきた。自分は大学という組織のくびきを離れ、もっと自由に患者が必要とする先進医療を提供したい―と考えを温めていた。

 その一つが低侵襲手術。弁膜症や心房中隔欠損症の心臓手術は通常、のど元から胸の中央の胸骨を大きく切り開く。対して低侵襲手術では、右胸脇を小さく7センチ程度切り、肋骨(ろっこつ)と肋骨の間から特殊な手術器具で操作する。

 低侵襲手術の手術痕は、女性なら乳房に隠れて見えない。回復が早いので、仕事やスポーツへの復帰を急ぐ患者にも勧められる。メリットは多いが、狭い視野で胸腔(きょうくう)鏡カメラの助けを借りながらする手術は特別なトレーニングを要する。米国で200例以上こなした経験がものをいう。

 同時に植え込み型人工心臓の普及にも力を入れる。日本では昨年、心臓移植までの「橋渡し」として2機種の保険適用が認められたばかりだが、米国ではすでに永久使用目的の装着が急増。「年々小型化し、性能も向上している。日本でも移植を前提とせず、ペースメーカーのように生涯つき合う時代が来る」と将来を見据える。

 今年9月には榊原病院の新病院が岡山市北区中井町に開院する。低侵襲手術センター、植え込み型人工心臓の施設認定を持つ重症心不全の全国センターへ―。坂口の新たな挑戦がスタートする。 (敬称略)

-------------------------------------

 さかぐち・たいち 大阪教育大付属天王寺中学高校、大阪大医学部卒。大阪厚生年金病院勤務などを経て1999年米国コロンビア大心臓外科へ留学。2007年大阪大大学院心臓血管外科助教、11年同先進心血管治療学准教授。今年4月から現職。オフにはスキーや自転車でスポーツを楽しむ。

-------------------------------------

 人工心臓の進歩 補助人工心臓の臨床応用は1960年代末から始まった。初期は空気圧で拍動するポンプを体外設置し、一度装着すると退院できなかった。体内にポンプを植え込み、体外のバッテリー付き駆動装置につなぐ型が開発され、外出、退院も可能になった。拍動せず、ローターの回転によって血液循環する型も登場し、小型軽量化が進んでいる。国産製品が国内に先駆けて海外で承認される「デバイスラグ」が問題になっていたが、昨年4月、エヴァハート(サンメディカル技術研究所)とデュラハート(テルモ)の植え込み型2機種が国内承認、発売された。

-------------------------------------

 外来 坂口副院長の外来は毎週木曜日午前8時~11時受け付け。かかりつけ医の紹介状持参が望ましい。

-------------------------------------

心臓病センター榊原病院

岡山市北区丸の内2丁目1の10

電話 086−225−7111

メールアドレス

sakakibara−hp@sakakibara−hp.com
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年04月16日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ