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(7)うつ病の認知療法 慈圭病院病棟医長 難波多鶴子

なんば・たづこ 倉敷南高、岡山大医学部卒。岡山大学病院、岡山県精神科医療センターなどを経て、1997年から慈圭病院に勤務。日本精神神経学会指導医・専門医、精神保健指定医、日本神経学会専門医。

1、うつ病の治療としての認知療法

 うつ病の治療法には薬物療法・精神療法・身体療法などいくつかの選択肢がありますが、みなさんは「認知療法」という治療についてお聞きになられたことがあるでしょうか? 認知療法は1970年代に米国のAaron T Beckがうつ病に対する精神療法として開発したもので、日本でも1980年代後半から注目されてきました。軽症~中等症のうつ病の治療やうつ病の再発予防に特に有用と考えられており、うつ病が増加している昨今、その普及が期待されている治療です。では、認知療法とはどんな治療法なのでしょう。

2、考え(=認知)と感情・気分との関係

 次のような場面を想像してみてください。

 〈ある日、あなたは買い物へ出かけました。晴れたさわやかな日です。楽しい気分で街を歩いていると、職場の同僚のAさんをみかけました。あなたはにこやかに「こんにちは」と声をかけましたが、Aさんは無表情で通りすぎてしまいました〉

 あなたならこの時どんな気持ちになりますか? 不安な気持ち? それとも怒り? 悲しくなってしまう方もいらっしゃるでしょう。全く気にならない方もあるかもしれません。同じ場面でも人によって体験する感情は異なりますね。それはなぜでしょうか。実は、その瞬間にその人に浮かんでいる考えが違うからなのです。不安に思った方は、「ここでAさんに声をかけたのはまずかったのかな?」と考えたのかもしれませんし、怒りと答えた方は、「無視するなんて失礼な人!」と思ったのかもしれません。「Aさんは私を嫌っている」と感じた方は、悲しくなってしまいます。その場面で体験する感情は、その人にうかんでいる考えによって決定されているのです。

 現実の受け取り方や物事に対する考え方のことを「認知」と呼びます。先ほどの例のように、気分は認知から影響を受けます。「嫌われた」と認知するから悲しみが生まれ、「失礼な人」と認知すると怒りが生まれるのです。認知療法では、図1に示すように、気分と思考(=認知)、さらにはその人の身体の症状や行動が互いに影響し合っていると考えます。不安になれば、動悸(どうき)がしたり汗がでたりしますし(身体の症状)、そうなるとそういった状況を避けようとする行動につながっていきます。

3、うつ病にみられる認知と認知療法

 いわば心のクセともいえる考え方の個性(=「認知のかたより」)は、誰にでもあるもので、普段はバランスをそれなりに保っているので、困ることはありません。ところが、うつ病あるいはうつ状態では、表1に示すような特徴的な認知が目立つようになります。そして「自分はダメな人間だ」「人は誰も私なんかとつきあいたいと思わないだろう」「今のつらい状態はずっとこのまま続いていくに違いない」などと考え、ただでさえ憂うつなのに、さらに気分を憂うつにするという悪循環が生じます。認知療法では、こうした極端でかたよった認知に気づき、これを修正して、よりバランスのとれたしなやかな考え方をみつける(=認知を修正する)ことで、憂うつや不安といった症状の改善を目指していきます。

 認知療法はうつ病・うつ状態に有効な治療と考えられています。しかし、効果が出るまでにある程度の時間や練習を要しますし、一口にうつ病・うつ状態といっても、状況や重症度などには個人差があります。自分にはどんな治療が適切なのか、主治医からアドバイスを得ることがとても大切です。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年09月03日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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