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家族からの便り 川崎医大附属病院 心臓血管外科部長 種本和雄

 先日、回診の前にスタッフ・ステーションに寄ったところ机の上に患者さん宛の小包が届いているのが目に入った。隣県から紹介で来られて家族と離れて入院しておられる女性の方に宛てた郵便物であった。特に気を取られることなく回診を終わって戻ってきたら、まだそのまま机の上に置かれていたのでスタッフに注意することとなった。その時にふと「国、破れて山河あり」で始まる杜甫の有名な漢詩「春望」の一節を思い出した。戦いに敗れて幽閉されている者の嘆きを書いているその詩のなかで、「家書抵萬金(家書は萬金に値する)」と、家族からの手紙は万金の価値がある(今風に言うとプライスレス)という心情を吐露した下りである。このように、古来より洋の東西を問わず人間の情の営みは変わることはなく、家族からの手紙は受け取る側だけでなく、思いを込めて送った側にとっても万金のはずである。忙しいウィークデーの午前中だからといっても、その「家書」を1-2時間であっても放置していた若いスタッフに、私の思いを理解してもらいたいと思った次第である。

 我々医療人は安全で最高の医療技術、サービスを提供する職種である。一般の接客業とは違うといっても、やはり情をもった人間を相手にする仕事であり、それを理解しない医療現場は患者さんにとってはもちろん、我々医療人にとっても無味なものではないか。一方で、日本のおもてなしの心を世界に伝えたいとの思いでオリンピック招致活動が行われているが、おもてなしの心は相手を思いやる心から出てこそ価値のあるものであり、最近一般的になってしまったマニュアル化された接客で日本のおもてなしを伝えることが出来るのかと疑問に思っている。やはりここは原点に帰って、人の情を基盤とした思いやりのある心から出る接遇、これを職員に再教育していく必要があると感じた出来事であった。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年10月04日 更新)

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