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倉敷中央病院と京都大iPS細胞研究所シンポ

倉敷中央病院が取り組む最先端治療や、iPS細胞などについて意見を交わしたパネルディスカッション

山形専院長

大原謙一郎理事・会長

川口義弥教授

山中伸弥名誉所長・教授

 倉敷中央病院(倉敷市美和)は9月3日、創立100周年を記念し、京都大学iPS細胞研究所とのシンポジウムを倉敷市民会館(同市本町)で開いた。


 iPS細胞 血液や皮膚などの細胞に人工的に遺伝子を入れるなどして、さまざまな細胞に変化できる能力を持たせた細胞。けがや病気で失われた組織や臓器を修復する再生医療に応用されるほか、既存の薬などから効果が見込まれる薬を選別する「iPS創薬」と呼ばれる手法でも成果が出ている。


 テーマは「最先端科学を社会実装する」。山形専院長、公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構の大原謙一郎理事・会長が理想とする医療の姿や医療を通した地域貢献、同研究所の川口義弥教授、iPS細胞を開発し2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した同研究所の山中伸弥名誉所長・教授がiPS細胞の研究成果などについて語った。

 未来の再生医療をテーマにしたパネルディスカッションも実施。長久吉雄外科部長をモデレーターに、耳鼻咽喉科の藤原崇志医長、血液内科の今中智子副医長らが話した。

 約1300人が入場。地域の中核病院としての同院の役割に理解を深めるとともに、iPS細胞の医療への応用に期待を寄せた。山中氏ら4氏の講演要旨を紹介する。

倉敷中央病院 山形専院長
「これからの医療のかたち 医療のエコシステムをどう作る」
質向上と効率化目指す


 新型コロナウイルスのピーク時、倉敷市では通常の1・5倍の救急隊が出動した。患者はわれわれのような高度な医療を提供する3次医療機関に集中し、機能不全に陥った。コロナ感染者を在宅高齢者に置き換えたのが私たちを待ち受ける社会の姿といえる。

 これから必要とされる医療は二極化が進む。高齢者の在宅医療、高度先進医療への対応である。それに適切に対応するために、私たちは医療のエコシステムの推進に取り組んでいる。

 倉敷中央病院と川崎医科大学付属病院が中核となり、地域密着型の病院や診療所と対等な関係で連携し、医療の質の向上と効率化を目指している。

 患者の情報や検査結果を共有し検査機器を共同利用する。情報を共有することによって倉敷中央病院から連携先の病院への退院も円滑になる。検査と診断に基づき、当院で診るほどの重症度ではないと判断した場合は地域の病院に転院してもらっている。救急や新型コロナウイルスの患者の受け入れに関しても連携を図っている。

 より良く生きるには健康であらねばならない。これからは「衣食住」だけでなく「衣食住健」が大切だ。予防医療を心がけ、自分の命と健康を自分で守るよう努めてほしい。

大原記念倉敷中央医療機構 大原謙一郎理事・会長
「哲学する経営者がiPS細胞と出会ったら」
物事の本質見極める


 経営者はいつも物事の本質に迫ろうとしている。経営者が哲学するとは自分の座標軸の原点を見直すことと物事の本質を見極めることだ。経営者の価値観の中核はのれんの信用である。商いの成功と企業の永続を常に考えているのだ。

 そういう経営者を3人紹介する。1人目はクラボウの前身・倉敷紡績所を設立した大原孝四郎(1833~1910年)。倉敷中央病院を創業した孫三郎(1880~1943年)は人道・人類愛を座標軸に据えていた。そして總一郎(1909~68年)は中国に紡績工場を造る際に中国文学の先生に教えを請い、物事の本質に迫った。

 彼ら哲学する経営者がiPS細胞に出会っていたなら、学問の成果に大いに喜び、新しいフロンティアの出現に心を奮い立たせたであろう。

 一方、ビジネスの正しい進め方にも悩んだだろう。正しくないことをしたらその影響はあまりにも大きいからだ。大いに悩みながら商人(あきんど)としての正しい進め方を見つけたに違いない。

 研究者、医療人、経営者がそれぞれの立場を尊重しながら新しい道を見つけていくことが、最先端技術を社会実装することだ。健康を守るために実装した先端技術を使っていくことが倉敷中央病院の願いである。

京都大iPS細胞研究所 川口義弥教授
「外科医が出会ったiPSという細胞」
ヒトの細胞分化解析


 細胞は環境ホルモンや放射線・紫外線など多くのストレスを受けている。細胞内では抗ストレス反応が起き、細胞が回復することもあれば、老化や死滅、病気になることもある。

 私はヒトの細胞がどう分化するかというメカニズムを解析している。ヒトの発生学を学ぶことはヒトのがんを知ることである。

 iPS細胞を使えばヒトの発生メカニズムが分かるのではないかと考えた。インスリン遺伝子異常症とはインスリン遺伝子の変異のために糖尿病になる希少な遺伝子疾患だが、遺伝子のどこに変異があるかによって発症時期や重症度が異なる。胎生期のインスリン細胞ができる段階から病態が発動すると予想され、iPS細胞の分化誘導実験で病態進行の全過程を再現できる。

 ヒトiPS細胞の使い方として、培養皿上で発生過程を再現し、細胞・臓器を作ることを行っている。その目的は二つあり、一つはヒト発生学という細胞分化や組織構築の理解を深めること。もう一つは病気のメカニズムの理解を深めることだ。

 ゆくゆくは新たな治療コンセプトにたどりつき、治療薬の開発につながるだろう。だが一人では実現できない。良いチームをつくって取り組むことである。

京都大iPS細胞研究所 山中伸弥名誉所長・教授
「iPS細胞 進しん捗ちょくと今後の展望」
再生医療と創薬に貢献


 私たちの使命はiPS細胞の研究を進めて医療に応用することだ。それには大きく二つのことが期待される。一つは再生医療。たとえば、iPS細胞から作った脳の細胞を脳の病気の患者に移植し失われた機能を再生することだ。もう一つは病気のメカニズムの解明と治療薬の開発である。画期的な治療を良心的な価格で提供できるようにしたい。

 再生医療では、理化学研究所などが2014年に世界で初めて目の難病での移植手術をした。5年間経過観察したが、腫瘍形成、視力低下などの重篤な有害事象は認められなかった。

 iPS細胞は患者さん自身の細胞からつくるのが理想的ではあるが、時間とお金がかかりすぎるため、他人の細胞からつくって備蓄しておく事業を行った。移植をしても免疫拒絶を起こしにくい特殊な免疫を持つ人を探してボランティアとして協力してもらい、iPS細胞をつくって提供しているのだ。

 iPS細胞を使った再生医療は日本が世界のトップを走り、10以上の病気に対する臨床試験が国内で行われている。だが、研究者は良い細胞をつくることができるが、細胞は一つのピースにすぎず、それだけでは患者さんに届かない。倉敷中央病院のような中核病院と私たち研究者がタッグを組むことが再生医療の成否の鍵を握る。

 薬の開発では筋萎縮性側索硬化症(ALS)について、何百種類もの薬のうちどれが効くのかを調べたところ、白血病の治療で使われている薬が細胞死を抑えることが分かり、臨床試験が行われている。ほかにもアルツハイマー型認知症などで治験が行われている。

 これまではiPS細胞から細胞をつくることが主だったが、これからは臓器や生殖細胞をつくることになるだろう。生命倫理の専門家ともディスカッションしながら研究を進めている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2023年11月06日 更新)

タグ: 倉敷中央病院

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