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がん免疫療法 川崎医大臨床腫瘍学教授、川崎医大病院臨床腫瘍科部長 山口佳之

やまぐち・よしゆき 愛媛県立宇和島南高、広島大卒。広島大学原医研腫瘍外科、松山赤十字病院、四国がんセンターなどを経て、2007年4月から川崎医大臨床腫瘍学准教授、09年1月から現職。日本がん治療認定医機構暫定教育委、日本臨床腫瘍学会暫定指導医、日本外科学会指導医・専門医、日本消化器外科学会指導医・専門医など。第25回日本バイオセラピィ学会会長。

 日本人の死因の第1位は1981年以来30年を超過した現在も「がん」です。年間約35万人の方々が肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、乳がんなどのがんで死亡しています。これはわが国のみならず世界的な傾向であり、がん治療の進歩と新規開発は世界的な重要課題です。がんの治療には、手術、放射線治療、抗がん剤の3本柱があり、確立された標準治療となっています。今、生命科学の研究が進んだ結果、「免疫療法」という第4の治療が、副作用の少ない身体に優しい治療として注目されています。ここでは、がんの免疫療法について説明いたします。


免疫の仕組み

 「免疫」とはなんでしょう。それは、慣れ、耐性の意味で日常会話でも使用されます。医学的には疫を免れるという仕組みのことで、生体防御の要であり、異物を認識し、排除し、記憶する仕組みを言います。

 免疫の仕組みを図1に示します。免疫は初期部隊、管理部隊、二次部隊、および抵抗勢力からなります。身体に細菌やビールスの侵入およびがんなどの異変が起きたら真っ先に対応してくれるのが初期部隊(自然免疫)、そこからの情報を処理するのが管理部隊、管理部隊の指示に従って二次対応をするとともに情報を記憶するのが二次部隊(獲得免疫)です。火事にたとえると、発見したその場で真っ先に実施されるバケツリレーによる初期消火が初期部隊、だれかが連絡して対応する消防署が管理部隊、消防車が出動して実施される消火が二次部隊です。さらに後述しますが、これらの仕組みの妨げとなっている部隊「抵抗勢力」も存在します。まるで、われわれ人間社会の縮図を見るようです。

 以上が免疫の仕組みであり、この仕組みを利用するがん治療が免疫療法で、仕組みの中に登場する細胞や蛋白(たんぱく)質などの物質を投与する治療があります。

がん免疫療法の歴史

 がん免疫療法の歴史を図2にまとめました。がん免疫療法は、古くは1800年代後半から開発が始まりましたが、近代免疫学の理解に基づく治療は1970年代からです。初代は自然界にある物質、すなわち細菌や茸(きのこ)から抽出した物質などに抗がん作用があることから始まりました。分子・生物学の進歩によって、これらの作用の背景にサイトカイン(※)という物質が関わっていることが解明され、1980年代に薬として投与可能となりました。サイトカインは、がんの排除に活躍するリンパ球という白血球の培養を可能とし、これをがん治療に応用する試みも登場しました(活性化自己リンパ球移入療法)。リンパ球培養が可能となったことで、最も重要ながんの目印分子(抗原)が初めて発見され、1990年代にがんのワクチンが試みられるようになりました。

 21世紀になってがんの目印をピンポイントで攻撃する物質、抗体(リンパ球が産生する)が使用可能となり、がんの治療は飛躍的に進歩しました。2010年代になって米国で二つの免疫療法が承認され、世界に衝撃が走りました。ひとつはがんワクチンであり、もうひとつは免疫の仕組みの中の「抵抗勢力」をやっつける治療です。免疫は絶えず体内を監視しがんを攻撃したいのに、抵抗勢力の存在によってそれが阻まれている、抵抗勢力をやっつけることによって免疫ががんを攻撃しやすくなって治療効果が得られることは、もはや疑う余地がなくなっています=図1参照。みなさんのお手元に届く日もそう遠くありません。

 さらに2011年に免疫機構の司令塔である樹状細胞が、2012年にはiPS細胞がノーベル賞を受賞するに至り、がん治療への応用が期待されています。iPS細胞はすべての細胞に代わることができる細胞ですから、リンパ球や樹状細胞に育てて治療に応用することも決して夢ではなく、今後、細胞治療が脚光を浴びることは間違いないでしょう。

 このように、免疫療法が注目を浴びている背景には、物質や細胞の新規発見が大きく貢献しています。同時に、治療に伴う生体反応に対する正しい理解の進歩も見逃せません。

 がんの治療では長い間、がんが小さくなることが重要で、その結果延命効果につながると考えられてきました。事実、多くの抗がん剤はがんを小さくしますし、それによって延命効果が発揮されます。免疫療法は効果の出方が抗がん剤とは異なるのです。多くの地道な研究から、がんが小さくなることには限りがあるが延命効果が認められること、また、小さくなる場合でもそれに時間がかかること、などが分かってきました。アリ(リンパ球)が象(がん)を倒すようなものです。つまり、がんが早期に小さくならないから効果がないと切り捨ててしまうと、あたら有効な免疫療法を見失ってしまう、ということに世界が気付いたのです。

 ある研究者はこれを「ウサギとカメ」にたとえています。抗がん剤はウサギ、早く効くが副作用で休まなければならない、免疫療法は効果はゆっくりだが副作用が少なくコツコツと長く続けることができ、結局、最終的に勝利する治療はカメ、というわけです=図3参照。言い換えると、どんどん大きくなるスピードの速いがんには副作用覚悟で抗がん剤が必要、勢いが弱まれば免疫療法でコツコツと長く身体に優しく続ける、このようながんの病態に合わせた治療選択やタイミングがあるのかもしれません。

現状

 現在、わが国で実施可能な免疫療法をに紹介します。保険適用となっているものと、治験や先進医療、研究治療、自由診療として実施されているものがあります。前者は細菌製剤や茸の成分などの自然界物質およびアミノ酸配列や遺伝子配列が解明されたサイトカインや抗体があります。残念ながらだれもが認める標準治療にランクされている治療は、サイトカインや抗体を除くと限られています。後者はリンパ球や樹状細胞を用いた細胞治療およびがんの目印抗原を用いたがんワクチンがあります。自由診療を除き、保険診療に認められることを目指して実施されている研究的治療です。

 われわれの施設では、がんワクチンと活性化自己リンパ球移入療法の研究を実施しています。がんワクチンは厳格な研究です。治療費のご負担はありませんが、ご参加いただくにあたり多数の条件にマッチされる必要があり、限られた方のみのご参加となります。活性化自己リンパ球移入療法にも参加条件はありますが、多くの方でご参加可能です。緩和ケアとしてQOL(生活の質)の改善にも有効性が示唆されています。費用は先進医療費となり、公的保険はご利用できませんのでご注意ください。

 両治療とも研究ですので効果は未定であることをご理解のうえ、興味がおありでしたら当院ホームページをご覧いただき、メール(vaccinekawasaki@yahoo.co.jp)、ファクス(086―464―1134)あるいは郵送(〒701―0192 倉敷市松島577 川崎医科大学附属病院 臨床腫瘍科 山口教授宛)でお問い合わせください。


※サイトカイン 免疫の細胞がつくる微量蛋白で、多種存在する。各種細胞の機能を刺激・抑制する、いわば細胞間の言語のような物質。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年03月18日 更新)

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