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ドクターヘリからの報告(下) 障壁 災害時 自主運用できず

救命率アップに実績を挙げるドクターヘリ。夜間や災害時の運航に課題が残る

 県農林水産総合センター畜産研究所(美咲町)職員の上田利男さん(60)=真庭市=は、1年ほど前の“悪夢”を語り始めた。

 爪を切るため、雄の和牛を牛房から連れ出そうとした。その時、普段はおとなしい牛が突然暴れ始めた。上田さんに体当たりを繰り返す。同僚に助け出されたが瀕死(ひんし)の状態。肋骨(ろっこつ)など体中の骨が折れ、両肺には穴が開いていた。119番を受けた津山圏域消防組合消防本部が川崎医科大付属病院(倉敷市)のドクターヘリに出動要請した。

 ヘリが約20分後に到着すると、救急専門医は胸の中にたまった空気や血を外に出すなどの処置を実施。上田さんの容体を安定させ、ヘリで津山中央病院(津山市)に運んだ。

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 救急病院が近くにない過疎地に住む患者の救命に向け、ドクターヘリの先進地ドイツに倣った国家的な試行が始まったのは1999年。川崎医科大は当初から参画し、2001年春から国内初の本格運航を始めた。

 年間約2億円を国と県が負担。愛知県のヘリコプター会社が運航を担当し、年間出動は400〜500回に上る。基本的な出動エリアは県内全域だが、要請があれば広島県東部や香川県などにも飛び、離陸から30分以内に駆け付ける。

 全身の疾患に精通した救急専門医が現場でできる限りの処置を施し、高度医療が可能な救急病院へつなぐ。この行為が救命の鍵を握り、急患の救命率を3割上昇させているとの報告もある。

 「今春から仕事にも復帰できた。主治医はもちろん、顔を覚えていないドクターヘリの医師にも感謝したい」。上田さんは笑顔だ。

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 全国で導入が進むドクターヘリは3月末現在、岡山の1機を含め、34道府県に40機が配備済み。隣県では未導入の広島が早ければ5月に本格運航を開始。兵庫県は近く1機追加する。

 中国5県では1月、相互活用に向けた基本協定を締結するなど、年を追うごとに出動エリアが広がる一方で、課題も浮かび上がってきた。

 一つが「運航時間」だ。パイロットが目視で位置を確認する有視界飛行のため、岡山県で飛行できるのは午前8時半から午後5時。夜間に飛行できれば1人でも多くの患者を救えるが、照明機器の配備や医師らマンパワーの不足、安全確保が障壁となる。ドクターヘリの普及活動を行うNPO法人・救急ヘリ病院ネットワーク(東京)の篠田伸夫理事長は「簡単ではないが、少しずつクリアしたい」と話す。

 もう一つが「災害対応」。東日本大震災時には全国から18機のドクターヘリが出動したが、能力を最大限に発揮できたとは言えない。というのも、航空法などで消防などの要請がなければ出動できず、自主的な運用はかなわないからだ。無線の周波数やシステムが異なることから互いに通信できず、連携が取れないという問題もあった。

 近い将来、南海トラフ巨大地震の発生も想定される。「災害時にドクターヘリは大きな“戦力”になる。国や自治体の防災計画などで活用を明確に位置付けてもらい、自主的、体系的な運用ができるよう環境改善に努めたい」。篠田理事長は力を込める。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年04月27日 更新)

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