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(1)はじめに 岡山赤十字病院緩和ケア科部長 喜多嶋拓士

きたじま・たくじ 岡山操山高、順天堂大医学部卒。1992年岡山大第2内科入局。以後、内科医、呼吸器科医として中・四国地方の関連病院に勤務。2007年岡山赤十字病院緩和ケア科開設に伴い着任。2010年4月から現職。

 食料品の安定供給がなされ、24時間・365日コンビニが営業している現在の日本において、健康な人であれば、いつ、どこで、何を「食べる」かを気にすることはあっても、「食べられない」ことを悩む人はそれほど多くないのではないだろうか。

 食べることは日常生活における基本的な行為であり、生きていく上で避けることができないものであるがゆえに普段はその重要性を意識しないで過ごしているのかもしれないが、ひとたび食べられない状況に直面すると急にあわててしまう経験はみなさんお持ちのことと思う。

 インフルエンザで高熱を出してぐったりしているとき、嘔吐(おうと)下痢症でトイレに何回も往復しているとき、「水分、栄養分を十分摂(と)って体力を落とさないように気をつけてください」と医師に言われて「それができりゃ苦労しないわ」と腹を立てても、1週間もして元気になれば苦しんだことはすっかり忘れてしまうだろうが、がん患者さんではそうはいかないのである。

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 がん患者さんが食べられなくなる原因は大きく分けて三つある。

 一つ目はがんそのものによる影響で、例えば食道や胃、大腸といった食べ物の通り道に病気ができれば通過障害が起こってくるし、無理に通そうとして痛みが出ることもあるだろう。先に進めないものは「便秘」を引き起こし、通って行かないものは「嘔吐」として上に戻ってくることになる。

 消化管以外のがんなら大丈夫かというとそうでもない。がん細胞が作り出す物質の影響で体液のバランスや代謝機能が崩れ、体が栄養を受け付けない状態(悪液質)になってしまうことがある。全身が衰弱して食べられなくなるというわけだ。

 二つ目はがん治療の副作用や後遺症によるものだ。手術で胃を半分取ってしまった、腸を切って別の場所につないだ、ということになれば、手術前と同じように食べることが難しいことは想像できるだろうし、抗がん剤で起きる吐き気や口内炎、味覚障害などは悪名が轟(とどろ)いているのではないだろうか。放射線治療で、車酔いのような気分の悪さを経験して食べられなくなる人も少なからずある。

 そして三つ目は気持ちの問題。がんである、というだけで心が晴れず食欲が無くなってしまいそうだし、病状や治療のことを考えると不安や不快感がわき起こり、食べられなくなるのは自然なことだろう。「食べられない」「食べなくては」という考えが負担になって余計食べられなくなる悪循環に陥ってしまうこともある。

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 それでも「食べる」ためにはどうすれば良いのか?

 まずは、食べやすい物を、食べやすい形にして、食べやすいタイミングで、という食事の工夫。歯や舌といった、食べるために不可欠な口の中の機能の整備。さらには、抗がん治療の後遺症や副作用の正しい認識と対応策の検討。その上で、無理をせず、少しでも食べられることを喜び、感謝する、ということだろうか。

 次回から4回にわたり、その具体的な方法をみなさんと一緒に考えてみようと思う。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年05月20日 更新)

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