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(3) がん治療と口腔ケア 岡山赤十字病院歯科衛生士 松岡幸恵

まつおか・ゆきえ 1990年岡山赤十字病院に入り歯科衛生士として勤務。2012年4月から、がん患者の口腔ケアにも当たっている

 がん患者さんのお口に関する「食べられない」原因には、手術によるものと化学療法・放射線療法の副作用によるものがあり、どちらも口腔(こうくう)内の衛生状態や環境が大きく関係します。

 汚れたままの口や未処置の歯周病・むし歯・調子の悪い入れ歯は、患部の感染や口腔粘膜炎・口腔乾燥などを発症、悪化させるだけでなく、本来楽しみであるはずの食事を苦痛なものに変えます。

 「きれいな口・食べられる口」は食欲の低下を防ぐだけでなく、術後感染や誤嚥(ごえん)性肺炎などの合併症の予防で早期回復・治療効果の向上にも効果があり、現在では積極的にがん治療前の歯科受診が勧められています。

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 紹介を受けた歯科では、がん治療前に口腔診断・専門的な清掃管理を行い、セルフチェック・ケアの仕方を指導します。

 がん治療中や治療後には抜歯等歯科治療に制限が出ることがあります。事前の診断は大変重要な意味を持ち、また清掃も普段の歯ブラシではケアできないところを専門的に行い、歯科処置は応急処置にとどめます。

 適切な口腔ケアは感染予防だけでなく、生涯口から食べるために必要な機能の維持・回復に大きな働きをしますので、がんの治療後も本格的な歯科治療とともに引き続き定期的な受診をお勧めします。

 治療期間中は基本的にセルフケアで、1日1回鏡での舌や口腔粘膜等の色や状態に異常がないかのチェックと、個人指導に沿った歯磨きを行ってください。赤みがある、ピリピリする、などの症状が出始めたら特に歯肉や粘膜を傷つけないようにやさしく丁寧に行うことが大変重要となります。

 吐き気・倦怠(けんたい)感が強く歯磨きがつらい時はブラシを小さなものや軟毛のものに変え、また毛束が一つしかないタフトブラシや歯間ブラシなどで歯と歯の間や歯と歯肉の境目だけでも短時間磨くなどの工夫をしましょう。

 ブラッシング時は下を向いて行い、できるだけ汚れた唾液が喉の奥に行かないようにし、喉の奥の炎症の悪化を予防します。

 歯磨剤は発泡剤を含まないものやジェルタイプのものを使用しましょう。入れ歯は流水下で必ずブラシをかけ、治療中は入れ歯洗浄剤での清掃をぜひとも行い、清潔なものを使用してください。

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 もう一つのポイントは十分な保湿です。唾液が減ると舌や頬を噛(か)みやすく、また歯や入れ歯・固い食べ物の接触などで簡単に傷つきます。治りにくいのが特徴で、悪化させないよう、小まめな水分補給のためにペットボトルを身近に置く、食間に市販の保湿剤の入った洗口剤で数回うがいをする、洗口剤をスプレー容器に入れて頻繁にスプレーする、口の中には保湿剤を塗布、口唇はジェルタイプのリップクリームやワセリンで覆うように保護する―など保湿を心掛けてみてください。

 なお、洗口剤の購入時にはアルコールの入らないものを必ず選んでください。

 最後にうがいです。治療中症状が現れ始めたら、できるだけやさしく行いましょう。まず水や洗口剤を少量含み、舌を上げて舌の下の部分を潤します。次に舌を元に戻し少しだけ頬を広げ、首を回したり左右に傾けたりすることで、ゆっくり口の中全体に広げていきます。それも痛くて無理な場合は一時的にしばらく含んで吐き出すだけでも大丈夫です。温度は爽快感がありませんが、できるだけ体温に近いものが良いでしょう。

 きれいな口・食べられる口で美味(おい)しい食事を生涯楽しんでいただけるようお役に立てたら幸いです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年06月17日 更新)

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