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ファラオの世界への旅 川崎医科大付属川崎病院長 角田司

 1992年11月、エジプト・カイロでの学会発表後、紀元前3千年もの間、古代エジプトを支配したファラオ(偉大な家の意味から王自身を表す)の世界に旅をした。カイロ空港を飛び立った飛行機はナイル川に沿って南下し、エジプト最南端のアブシンベルに着陸した。ここに古代エジプトの王たちの中でも、自己顕示欲の強かった第19王朝のラムセス2世が建造した神殿がある。

 大神殿はナイル川の西岸に張り出した山脚の崖を切り取り掘られた岩窟神殿で、幅33メートル、高さ33メートル、奥行き63メートルで塔門状に削られ、やはり岩を削った4体のラムセス2世の巨像で飾られている。この像は高さが20メートルもあり、足元には王妃、王子、王女の小さな立像をおき、さらに首に縄を打った奴隷たちを数珠つなぎにしていた。

 当時の首都テーベから約400キロも離れたこの奥地に、かくも巨大な記念物を造らせた彼の権力の大きさにまず驚かされた。彼の治世は67年の長きにわたっていた。

 この遺跡探訪にはカイロ大学の日本語学科に学ぶソリマン・アラジン君が通訳として同行した。彼はエジプト国民の90%以上が信奉しているイスラム教徒で、1日3回の礼拝を欠かさず、お酒を全くたしなまない真面目な青年であった。

 私が、彼らの祖先である古代エジプト人ファラオの巨大な支配力をたたえるとともに、うらやましいと話したところ、彼は悲しい顔をして「私はファラオの世界を見るにつけ、誇りに思うどころか恥ずかしい気持ちになる」と答えた。

 一瞬耳を疑ったが、私なりに解釈すると、彼は、戦争に明け暮れ他国の支配下にも甘んじたエジプトの歴史を振り返って、支配する者の力が強ければ強いほど一般大衆は犠牲を強いられてきたのであるから、過去の事とはいえ、一人の支配者のみを褒めたたえるべきではないと言いたかったのだろう。

(2013年6月13日付山陽新聞夕刊「一日一題」)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年06月13日 更新)

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