文字 

(5)大動脈弁狭窄症に対するカテーテル治療 倉敷中央病院循環器内科部長 後藤剛

 ごとう・つよし 呉三津田高、岡山大医学部卒。卒業後、倉敷中央病院内科に勤務、1995年から同病院循環器内科部長、2009年から同病院臨床研究センター主任部長を兼任。日本内科学会認定医・指導医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会専門医。

図1

図2

 大動脈弁狭窄(きょうさく)症は心臓の出口にある大動脈弁が十分に開かず、心臓に大きな負担がかかり、重症となると心不全、胸痛、失神などをきたす病気です。原因として、先天的な奇形、小児期の感染によるリウマチ熱、高齢者に多い大動脈弁の変性硬化などがあります。年齢を重ねるにつれて重症化する傾向があり、症状が出て手術が必要になっても3分の1前後の人は高齢や、ほかの重い病気のために手術を断念せざるを得ませんでした。

 経皮的大動脈弁植え込み術(TAVIもしくはTAVRと呼ばれます)はこのような人に対して、手術のかわりにカテーテルを用いて人工弁を硬くなった大動脈弁の内側に植え込む治療法です。人工弁は牛の心膜を金属の枠に縫い付けて作られており=図1―A参照、カテーテルに乗せて心臓に運ばれます。足の付け根にある大腿(だいたい)動脈からカテーテルを挿入する方法=図1―B参照=と、左胸を小さく切開して、直接心臓から挿入する方法=図1―C参照=があります。(図2に実際の治療の写真をお示しします。=大動脈弁の位置に人工弁を合わせる。=風船で人工弁を拡張。=人工弁が大動脈弁の位置に植え込まれた状態)

 この治療法は2002年にフランスで始まり、2007年にはヨーロッパで、2012年にはアメリカで治療法として承認され、現在までに世界で約6万人以上の患者さんに行われています。

 アメリカを中心に行われた臨床試験では、種々の理由により手術が不可能と判断された患者さんを対象に、TAVIと風船による拡張療法を含む保存的治療法を比較しました。その結果、1年後の死亡率が、30%対50%とTAVIを受けた患者さんの方が圧倒的に低いことが示されました。また、手術が可能ではあるがそのリスクが15%以上と推定される患者さんを、TAVIと通常の手術に振り分けて検討した研究では、1年後の死亡率が、24%対27%と同等であることが示されました。

 わが国では2010年から承認を目指した臨床治験が全国3施設で行われ、当院も参加しました。この臨床治験では、3施設の経験豊富な循環器内科医と心臓外科医が患者さんの状態を検討し、安全に手術を行うことが困難であると判断した64人に対してTAVIを行いました。死亡率は、治療後30日で7・8%、1年で14・1%と海外の報告と比較して遜色のないものでした。

 TAVIは手術と異なり人工心肺を使用せず、胸部に大きな切開を加えませんので早く歩行が可能であり、入院期間も短くて済みます。しかし、まだ歴史の浅い治療法なので5年以上の弁の耐久性についてはよくわかっていません。また、手術に比べて脳卒中がわずかに多いこと、治療後脈が遅くなりペースメーカーが必要になる症例が多いこと、埋め込んだ弁の周囲からの逆流が残り、その程度によっては治療後の死亡率が高くなることなどが問題点として挙げられています。そのため、現時点ではあくまで手術のリスクが極めて高いと判断される患者さんが対象になります。

 現在、ヨーロッパとアメリカで、手術のリスクが従来の基準よりやや低い患者さんを対象とした臨床研究が進んでおり、その結果によってはこの治療法の適応が現在より広がるかもしれません。また、TAVIに使用される新しい器具の開発も進んでおり、わが国でも、別の器具の臨床治験が行われています。さらにヨーロッパではすでに数種類の器具が承認されており、この治療法は現在世界で最も注目されている分野の一つと言えます。

 当院では、TAVIの臨床治験に当初から参加し、治験終了後も治療を必要とする人を対象に臨床試験として治療を継続しています。大動脈弁狭窄症で手術が必要ではあるがリスクが高いと言われた人は、主治医と相談して当科にご連絡ください。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年07月01日 更新)

ページトップへ

ページトップへ