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(1)経カテーテル大動脈弁治療(TAVI) 心臓病センター榊原病院 副院長 坂口太一

さかぐち・たいち 大阪教育大付属天王寺中学高校、大阪大医学部卒。大阪厚生年金病院勤務などを経て1999年米国コロンビア大心臓外科へ留学。2007年大阪大大学院心臓血管外科助教、09年同先進心血管外科学准教授。12年4月から現職。

 大動脈弁狭窄(きょうさく)症は、左心室の出口にある大動脈弁が徐々に硬くなって開きにくくなる病気で、高齢者の弁膜症で一番多いと言われています。心臓が収縮しても出口が十分に開かないので、重症になると血液が全身に行き渡らず、胸痛、息切れ、全身倦怠(けんたい)感、失神などさまざまな症状が出てきます。ゆっくり進行するので症状が出るまで長い年月がかかるのですが、症状が出始めると急速に病状が悪化し、数年で死に至ると言われる怖い病気です。

 唯一の根本的な治療法は、外科的に開胸して傷んだ弁を人工弁に取り換える大動脈弁置換術で、手術がうまくいけばほとんどの方が元気になります。そのため高齢の患者さんにも積極的に手術を行っている施設が多く、その成績も良好です。しかし、年齢や合併症のため手術のリスクが高くなり、従来の開胸手術を受けられない患者さんが3割以上いると言われています。

 このように手術の適応にならないハイリスクの患者さんに対して、足の付け根や小さく開けた胸の傷からカテーテル(細い管)を血管内に挿入し、狭くなった大動脈弁を風船で拡張したあと人工弁を留置する経カテーテル大動脈弁治療(TAVI:Transcatheter Aortic Valve implantation)が2002年にヨーロッパで始まり、世界中でこれまで7万人以上に行われてきました。

 日本でもようやくこの秋に保険償還され、健康保険診療下にこの新しい治療を行うことができるようになりました。大きく胸を開き心臓を止めて弁を取り換える従来の手術法とくらべ、TAVIは症例によっては足の付け根の血管に入れたカテーテルを通して全ての操作が終了するので、体の負担が非常に小さく、これまで手術不可能と診断されたリスクの高い患者さんに対する有効な治療として注目を浴びています。

 さらに欧米では、過去に生体弁による人工弁置換術を受け、生体弁の劣化によって弁の交換が必要になった患者さんに対し、古くなった弁は残したままその内側にTAVIによって新たな人工弁を留置する治療(Valve in Valve)も行われています。生体弁の耐久性は年齢にもよりますが15年程度といわれていることから、1回目は開胸手術で大動脈弁を植え込み、2回目は胸を切らずにTAVIで弁を入れるという考え方も可能になってくるかもしれません。

 この治療法の対象になるのは、高齢または合併症のため、従来の開胸手術ができないと専門医が診断した重症大動脈弁狭窄症です。リスクの低い患者さんに対しては、現時点では外科手術による大動脈弁置換術の方が人工弁をしっかり固定できる(人工弁を心臓組織に糸で縫合固定するため)こと、TAVIで植え込んだ生体弁の長期の耐久性がまだわかっていないことなどから、これまでの外科手術が第一選択となります。榊原病院では通常の胸骨切開による大動脈弁置換術以外にも、胸骨を切らずに右胸の小さな傷から手術を行う低侵襲大動脈弁置換術(ポートアクセス手術)も行っており、これらの手術とTAVIのどちらが安全に行えるか慎重に検討して適応を決定しています。

 近年の医療機器の技術開発のスピードには目を見張るものがあり、狭心症に対するカテーテル治療、大動脈瘤(りゅう)に対する血管内ステントグラフト治療に続いて、弁膜症に対しても血管内治療が可能な時代となりました。体に優しい治療が今後増えていき、一人でも多くの患者さんが最新の治療の恩恵を受けることができるよう願うばかりです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年12月16日 更新)

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