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(3)手・上肢治療 岡山済生会総合病院整形外科 今谷潤也診療部長

画像をにらみ、最善の治療法を考える今谷診療部長

手の手術を行う今谷診療部長(中央)。患者の痛みと傷痕を最小限に抑えることを実践している

 1年間に行う手と上肢(手、肘、肩)の手術件数は六百数十例と、岡山県内で屈指の実績を誇る岡山済生会総合病院。今谷はその最前線に立つ。

 手指の骨折、腱鞘(けんしょう)炎、腱(けん)や靱(じん)帯、血管、神経の損傷、関節障害、末梢(まっしょう)神経の障害で起きるしびれ、さらに変形矯正や先天性の奇形の再建など、あらゆる疾患に対し、最先端の治療法を駆使する。

 骨や関節、筋肉は加齢とともに劣化する。自立した生活が送れる健康寿命と平均寿命のギャップを生む大きな要因でもあり、QOL(生活の質)の向上へ、専門医の果たす役割は年々増している。

 肘関節の骨折治療では、1998年、ギプスを用いずにより骨を強く固定できる新しい構造の固定材(ONIプレート)を世界で初めて開発。人体に無害なチタン製のため、半永久的に埋め込んだままにできる。

 ギプスで腕を固定する従来の方法なら、完治までに3、4カ月かかるが、この術式では1カ月程度。全国の医療機関に普及し導入例は8300例を超える。

 手と上肢の骨折に対する最少侵襲プレート骨接合術も国内で最も早い2000年ごろから手掛けている。骨折部位の両端を2センチ程度切開し、神経や血管を傷つけないようにプレート(長さ7~15センチ)を滑り込ませる。切開部が小さいため、患者の負担が軽く、傷跡も目立ちにくく、術後の感染も起こしにくい。肘や手首、指の骨折などにこの技術を応用している。

 「その繊細さはまるで精密機械」。今谷が最も真価を発揮するのは、他の部位に比べ、神経、骨、腱、筋肉の構造が緻密で、損傷すると良好な予後が得られにくい手の治療だ。

 特に、指の屈筋腱損傷は、周囲の組織と屈筋腱が癒着しやすく、縫合しても再断裂の恐れがあるため、“ノー・マンズ・ランド(立ち入り禁止区域)”と形容される難治療。

 今谷は、96年、日本の手外科のメッカ、一般財団法人・新潟手の外科研究所に国内留学し、強固かつ縫い目が細い高度な縫合技術と術後すぐに実践できる特殊なリハビリを習得した。

 折れた骨が変形してくっついた場合に行う矯正手術も、3次元コンピューターシミュレーションを使った最先端の技術に着目。98年ごろから実証を重ね、03年から正式に治療に取り入れている。

 「川の流れのように、よどみのない手術を心掛けている」。その言葉は、感染のリスクを減らすという医学的理由と同時に、豊富な経験に裏打ちされた自信の表れでもある。

 07年には米国に留学し、ワシントン大、ミシガン大などで武者修行。世界最先端の手技を吸収すると同時に、自身の技量が決して引けを取らないことに気付いたという。

 今谷が、岡山済生会総合病院に着任したのは94年。整形外科診療部長を務めた赤堀治、橋詰博行(現笠岡第一病院長)らによって受け継がれたアカデミックな手外科診断と治療のレベルの高さに驚いたという。

 勤務を終えた深夜、当時、病院近くで開業していた赤堀を訪ね、自身が関わる症例を報告し教えを請うたこともある。

 手に大やけどを負いながら医師となり、黄熱病研究などで世界に名を残した野口英世の伝記を読み、医師を志した。40年ほど前の感動を今も胸に刻み、患者の手に触れる。

 岡山大の臨床准教授、東京医科歯科大臨床解剖学の非常勤講師を務め、後進の育成や上肢機能の基礎研究に尽力。講演や手術指導で海外にも出掛ける。

 積み重ねた手術は1万例。「患者さんから学ばせていただいたことに感謝し、そして次の患者さんに役立つように」と、ほとんどの症例をノートに書き留めている。その数、今や50冊。

 手術前にページをめくり、似た症例を探して手順や注意点を再確認。手術後には反省点を洗い出す。どんなに熟達しようとも、変わらない習慣だ。

 「百点満点と誇れる手術はまだない」。さらなる高みを目指すには、謙虚であり続けなければならないと肝に銘じている。

(敬称略)



 岡山済生会総合病院(岡山市北区伊福町1の17の18、(電)086―252―2211、今谷診療部長の外来診療には紹介状が必要)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年06月17日 更新)

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