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(10)脊椎・脊髄疾患 岡山大病院整形外科 田中雅人准教授

脊椎の模型を示しながら患者に説明する田中准教授

手術を前に、スタッフと手順などを確認し合う田中准教授(中央)

側彎症のレントゲン画像。術前(左)は大きく曲がっていたが、術後は、ロッドとスクリューでほぼ真っ直ぐに矯正された

 ネジ形状のスクリュー(チタン製、長さ約4センチ、直径約6ミリ)を椎骨に埋め込んでいく。曲がった脊柱(背骨)の矯正手術。スクリューの位置が1ミリでも狂えば、中枢神経の脊髄を傷つけ、歩行まひなど重篤な後遺症につながりかねない。

 田中は脊柱変形の矯正手術を年間約70例手掛ける。実績は中四国最多。患者の3分の1は岡山県外であることからも、手術の難易度がうかがえる。

 脊柱変形は軽症なら自覚症状がないが、進行すると、腰や背中の痛みや呼吸苦を生じる。ほとんどは原因不明の特発性。心臓や目、骨格に異常を来すマルファン症候群など、先天性の遺伝子疾患に起因する場合もある。その場合、悪化のスピードが速く、心肺機能が衰え、生命に関わることもある。

 横方向に曲がる側彎(そくわん)症が全体の約4割、前に曲がり猫背になる後彎(こうわん)症が約6割。側彎症の大部分は、小学校高学年から思春期に発症。女性の方が男性の7倍の頻度で発生するため、性ホルモンの関与が疑われているが、はっきりした原因は不明だ。

 側彎症の診断基準は背骨のカーブが10度以上。発症割合は約2%だが、このレベルだと肉眼では分からず、治療も必要はない。しかし、25~30度を超えると、装具で矯正する必要がある。

 手術が必要なのは50度を超えるケース。その割合は0・1%以下という。「症例は多くはないが、だからこそ治療が難しい。まさに大学病院が担わなければならない病気です」

 一方、後彎症は高齢者が多い。頸椎が仙骨より5センチ以上前にシフトした場合をいう。

 脊柱変形の手術は、矯正するカーブの場所により後方法と前方法の二つに分けられる。

 後方法は、胸椎がカーブしている場合に選択し全症例の90%を占める。背中を縦に切り、背骨から筋肉をはがして背骨を露出。椎弓根という部分に1本ずつスクリューを埋め、そこに棒状のロッド(チタン製)を連結させてカーブを矯正する。

 前方法は主に腰椎のカーブに対して行う。肋骨(ろっこつ)に沿って脇腹を切開し、肋骨を1本外して、椎間板という骨と骨の間の軟骨を切除し矯正した後、そこに外した肋骨を埋め込む。

 「木の枝をイメージしてください。曲げすぎると折れるように、手術では背骨を必要以上に矯正しようとすると神経を傷つける恐れがある」

 それゆえに二重三重の手術の安全システムを取り入れている。

 目に見えない骨の中にスクリューが正確に埋め込まれているかどうかを3次元のCT画像で確認できる手術支援システムを導入。術中は脳に電気刺激を与え続ける脊髄モニタリングを行う。足の筋肉の動きで、脊髄へのダメージを把握するためだ。

 術後は経過観察をし、未成年者なら20歳になるまで1年に一度は受診してもらう。ほとんどの患者は、外観へのコンプレックスが消え、表情が生き生きするという。

 「手術時は幼かった子が、心身ともに成長した姿を見たりすると、とてもうれしいですよ」

 田中は、脊髄にできた腫瘍や脊椎に発生したがんの切除も行う。中枢神経の脊髄は直径わずか1センチ。一度損傷すると再生しない。そのぎりぎりのところにメスを入れる。整形外科の中でも最大の難治療とされる。

 「先生、星ってこんなにきれいなんだね」。田中は、ある病院で20年前に出会った骨肉腫を患った男児のことが忘れられない。冬の夜、病院の屋上で一緒に星空を見た。男児は治療のかいなく、その2カ月後に亡くなった。幼い命を救えなかった悔しさが、国内外で精力的に医療活動を行う原動力になっている。

 高松、松山、尾道市など他県の医療機関にも定期的に出向き、診療や手術の援助をする。昨年はミャンマー、一昨年はインドに行き、現地の医師と協力して脊柱変形の矯正手術をした。

 骨粗しょう症の患者の脊椎に埋め込む専用スクリューの開発に励むほか、幹細胞を用いた骨再生という大きな研究にも岡山大消化器外科と共同で取り組む。

 「神の手を持つ外科医ではなく、患者と一緒に治療に日々悩む医師になりたい」

(敬称略)

たなか・まさと 愛媛県立三島高卒、岡山大大学院医学研究科外科課程修了。岡山市立市民病院、国立岡山病院などを経て、2003年から岡山大病院に勤務。10年から現職。日本整形外科学会専門医、日本脊椎脊髄病学会指導医・評議員、日本リハビリテーション医学会専門医。日本成人脊柱変形学会幹事、日本側彎症学会幹事など務める。51歳。

脊椎の構造と病気

 脊椎は脊柱を構成する骨の総称。頭に近い側から順に、頸椎、胸椎、腰椎、仙骨、尾骨から成る。それぞれの脊椎は腹側に椎体、背中側に椎弓が連なる。椎体と椎体の間には椎間板という軟骨が挟まり、クッションの役割を果たす。脊髄は脊椎管という管の中を通り、硬膜という丈夫な袋に守られている。

 椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄(きょうさく)症などが脊椎の一般的な疾患。

椎間板ヘルニア 一般的な疾患

 これに対して、神経そのものにできる脊髄腫瘍と、脊髄を包む脊椎管にできる脊椎腫瘍は発生頻度は高くないが、手術には極めて高度な技術が要求される。岡山大病院は年間約40例を手掛け、うち6割は岡山県外の在住。

 脊髄腫瘍は、硬膜の外にできて外から脊髄を圧迫する硬膜外腫瘍、硬膜の内側にできて脊髄を圧迫する硬膜内髄外腫瘍、脊髄の中に発生する髄内腫瘍の三つのタイプがあり、硬膜外腫瘍は、がんが転移したケースが最も多い。

◇ 岡山大学病院(岡山市北区鹿田町2の5の1、(電)086―223―7151)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年12月01日 更新)

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