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(15)がん内視鏡治療 岡山ろうさい病院消化器内科 清水慎一部長

冷静に内視鏡治療を進める清水部長

確実な診断へ真剣な表情

慎重に、ためらいなく、確実に

 清水は「剥いでいく」と表現した。内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)。内視鏡を入れ、切除するがんの周囲にまず目印を付ける。続いて粘膜下層に薬液を注入。病変部が浮き上がってくる。準備を整え、本番。切除する粘膜下層までの厚みはわずか1ミリほど。ITナイフ、デュアルナイフなど各種の電気メスを駆使し、慎重に、少しずつがんを切り離していく。「たとえは悪いかもしれないが、魚をおろすようなイメージですか…」。

 胃や食道、大腸の壁は内側から粘膜、粘膜下層、筋層からなる。ESDは、粘膜下層の浅い部分までにとどまる早期のがんに適用される。外科手術が頼りだった時代、早期がんであっても胃や食道の一部または全部を切除し、直腸であれば多くが人工肛門にせざるを得なかった。ESDで臓器を温存すればQOL(生活の質)は全く違ってくる。内視鏡によるがん切除は、患者にとって福音といえる。

  ◇

 ESD以外にも内視鏡によるがん切除術がある。キノコ状の病変部にワイヤをかけて焼き切るポリペクトミー、薬液で病変を隆起させた後にワイヤをかけて取るEMR(内視鏡的粘膜切除術)。清水もこれらを実施してきたし状況次第で今も重要な選択肢だ。だが、物理的にこれらの手法ではワイヤの直径(2センチ)より小さながんしか取れない。清水はESD以前、大きく広がったがんを「型抜き」するように直径2センチずつ円形に取っていったことがある。しかし「頑張って全部取ったつもりでも、少しずつではどうしてもがん組織が残ってしまうことがある。あの時も結局、手術で胃を切るしかなかった」。悔しげに振り返る。

 ESDが登場して初めて、内視鏡で大きながんを「一括切除」できるようになった。清水は紹介実技(ライブデモ)に出向き、学会に出席して新しい治療法を勉強。2006年に胃、08年に食道、12年に大腸と順次保険適用されてきたがんのESDを早い時期から実施してきた。

 施術には高度な技術を要する。胃壁なら胃壁の上に薄く広がったがん。どこから切っても切った部分が被さり、“作業”しにくいことが素人にも想像できる。糸をつけたクリップを内視鏡から出して既に切った部分をつまみ上げ、体外から糸を引いて切った病変をめくり、次へ―といった“技”を使うことも。大腸は曲がりくねっている上にひだが多く、一段とやりにくい。「そんな時は内視鏡のフードでひだを押さえながら、その向こうを処置していく」。手真似付きの説明が分かりやすい。

 誤って胃や大腸の壁を破ると即、臓器の一部切除や全摘に切り替えねばならない。大腸は胃や食道に比べて壁が薄く、より慎重さが求められる。逆に切り方をためらい、がん組織が残ってしまえば元のもくあみだ。

 差し渡し10センチほどもある胃がんに挑んだことがある。通常1時間以内ですむ施術に7~8時間もかけ、「やっとの思い」で取り切った。比較的初期のころだっただけに、貴重な経験になった。

  ◇

 「大きな」「広がった」といっても、ESDができるのは浸潤の浅い早期のがんだけ。それだけに事前の診断が重要になる。病変の色や形をじっくり観察し、病歴を調べ、自らの経験と突き合わせて判断していく。

 想定以上の“成果”に結びつくことも。紹介されてきた患者。内視鏡で観察するうち、「ひょっとすると…」。疑念を感じ子細に診ていくと案の定、事前に分かっていた場所以外にもう一つ、がんがあった。術中、がんとは離れた一見普通の部位が気になって組織を取り、検査するとがん細胞が見つかったこともある。「微妙な色合いというか…経験ですかね」。

 反対にこれなら大丈夫と思ってESDでがんを切除し、病理検査に回すと「意外に進行していて根が深く、あらためて外科手術を受けてもらうことがある。釈然としない表情をされますがね」。だが危険が判明した以上、躊躇(ちゅうちょ)しない。

 全身麻酔で寝ているうちに終了し、患者にとって負担の少ないがん切除術。その結果、食道がんを繰り返し取っても酒やたばこをやめない患者も出てきて複雑な思いに駆られることもあるが、無事にESDを終え、術前とは一変する患者や家族の表情に接すると、励みになる。

 だが「早期に限る」という事実は重い。例えば、清水が大腸がんと診断する患者で、ESDの対象になるのは「4分の1から5分の1程度」。多くは既に進行していて外科手術などを選択せざるを得ない。胃に比べ、大腸の早期がんが見つかる確率はまだ高くない。だからこそ、清水は機会をとらえて「便潜血検査で必ずしもがんが見つかるわけではない。しかし、もし検査に引っかかったら、必ず精密検査を受けてほしい」と訴えている。

 より簡便で確実な消化器の早期がん発見の方策が開発され、普及することが、今の願いだ。

 (敬称略)

 しみず・しんいち 岡山操山高、岡山大医学部卒。岡山医療センター、岡山大病院、高知医療センターを経て、2004年から岡山労災病院勤務。医学博士。日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本消化管学会専門医・指導医、日本カプセル内視鏡学会認定医・指導医、日本がん治療認定医、43歳。

◇岡山ろうさい病院(岡山市南区築港緑町1の10の25、(電)086―262―0131)

大腸がんの検診 カプセル内視鏡保険適用に

 大腸がんは年々増え、年間の死亡者数は全国で4万人を超える。女性のがんの部位別死因では最も多い。早期発見・早期治療で完治が期待できるにもかかわらず検診受診率は低く、検診が推奨される40歳以上の4人に1人程度しか受けていないとされる。

 大腸がん検診で一般的なのが便潜血検査。陽性と判定された人で実際にがんと診断されるのは1000人中2人程度で、同検査は精密検査が必要な人を選別する意味合いを持つ。

 検診で「要精検」とされても大腸内視鏡検査を受けない人も相当数に上る。「痛くてつらそう」「恥ずかしい」という理由も多い。飲み込んだカプセルが大腸を流れていく間に内側の粘膜を連続撮影し、体外の記録装置に無線送信してポリープなどを見つける「大腸カプセル内視鏡」が昨年、保険適用になった。カプセルは排便時に排出される。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年05月04日 更新)

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