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慈圭病院  先進性、精神科医療をリード

精神科では対話が要という武田副院長(右)

整然と保管された脳の染色切片

堀井院長

石津副院長

 公益財団法人慈圭会慈圭病院は、志を同じくする精神科医たちが力を合わせ、1952年に開設した。

 本紙に掲載された同病院の年表を見ると、あらためてうならせられる。「59年6月、農作業を手伝い住民と初の交流」「60年7月、院外作業開始」「62年8月、完全開放型病棟建築」。精神科の病院が地域との交流に力を入れるのは今でこそ当たり前だが、当時は全く違った。多くの病院は収容型で閉鎖性が極めて強く、患者は新聞やラジオ、面会も制限されていた。

 その中で、慈圭病院は誕生間もなくから作業療法や住民とのふれ合い活動に取り組み、家族会や患者会の立ち上げも早かった。患者の社会復帰に向け76年には社会福祉法人「浦安荘」を開設した。

 新しい試みに次々挑んだ背景には「設立に関わった医師たちの志が高く、また当初から岡山大医学部との結びつきが強かったことがある」と堀井茂男院長。しかし、農作業の始まりは意外だった。「地域の農家が忙しく、手が足らない。元気な患者さんに手伝ってもらったらと、院内から声が上がったようだ」(堀井院長)。現在、作業療法は精神リハビリテーションへと発展し、その意義を、武田俊彦副院長は「統合失調症などは再発脆(ぜい)弱性が高い。つまり再発しやすい。達成感や自己実現が病状の安定につながる」と話す。今、全国で多くの精神疾患患者が各種のリハビリに取り組み、人々と交流し、社会の一員としての生活に戻っている。

 精神科病院の“開放”の背景には、薬の進歩で精神疾患が「治る病気」となったことがある。「最初はフランスで50年代に出たクロルプロマジン。その起源はアレルギー症などに使われる抗ヒスタミン薬だが、精神疾患にも有用なことが偶然分かり、急速に普及した。日本にも間を置かずに入ってきた」。武田副院長が教えてくれた。

 先進性は今も変わらない。例えば統合失調症で使われる抗精神病薬クロザリル。難治化した統合失調症に対する特効薬だが、その安全な使用については国が定めた厳格なルールがあり、使える病院は限られる。慈圭病院は岡山県内で数少ない施設の一つだ。

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 「恍惚(こうこつ)の人」(有吉佐和子作)が話題になってから40年余。時代とともに、認知症への対応が精神科の病院で大きな比重を占めるようになった。

 興奮や暴力、幻覚・妄(もう)想など認知症に伴う症状が激しい患者への対応が、精神科病院に期待される。慈圭病院でも認知症患者が増え、2001年に老人性認知症疾患治療病棟を開設。さらに今春、8階建て計300床の新病棟が稼働した。認知症向け病床は従来の倍の96床を備える。

 5、6階の認知症病棟には「ユニット化」を導入した。病状のレベルや状態に合わせて患者をグループに分け、治療を行う先進的取り組み。石津秀樹副院長は「レベルの合った患者同士が集まると、日常生活に近い食卓や談話の場が持て、症状の改善が期待できる」と効用を話す。

 また、7階には本格的な「ストレスケア病床」を県内で初めて設けた。ホテル並みの内装を施した快適な個室が計8室。ストレスに満ちた現代社会。患者は医師らスタッフのサポートを受けながら、心身の疲れをゆっくりと癒やす。

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 慈圭病院には、時代に抗するように“一貫性”を感じさせる空間もある。「精神医学研究所」。1958年開設。脳を化学的に研究する生化学と、神経病理学の両部門で歴史を重ねてきた。多くの博士を生んだ生化学に代わり、今は神経病理部門が柱。慎重に同意を得た上で入院患者らが亡くなった時「献脳」してもらい、脳組織を保存していく。要請に応じて研究機関に提供することも多い。近年重要性がいわれるブレインバンクだ。

 保存室にある数多くの横広の引き出しに、脳組織の染色切片が無数に収められている。例えばアルツハイマー病では脳の萎縮が見られるが、統合失調症では脳に変化はない。だが、まだ分かっていないだけで実はあるのかもしれない。それが分かった時、保存脳組織が研究を前に進め、人類に貢献する。

 「夜間の急な解剖で脳の凍結保存に使うドライアイスを葬儀社へ分けてもらいに行ったもの。今はドライアイスの製造装置が入り、楽になったが」と研究部長を兼ねる石津副院長。地道な努力の積み重ねが、医学、そして科学を前進させる。

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 新病棟の真新しいロビーで、患者らしい人と職員が和やかに談笑する。「本当の急性期には私たちが診るが、よほどの時以外は地域で暮らす。医学の進歩が前提だが、精神科病院が小さくなるのが、理想かもしれない」。堀井院長は、そういって笑った。

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 慈圭病院(086―262―1191)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年11月02日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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