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(7)乳がん治療と妊孕性  岡山大学病院 乳腺・内分泌外科助教 枝園忠彦

枝園忠彦助教

 乳がんは手術・薬物・放射線などを必要に応じて効果的に選択することで、治すことができる病気になってきています。近年は治すだけでなく、さらにがんになった後の生活の質を保つことも考えた治療選択が行われ始めております。その一つが、以下にご説明するがんになった後も妊孕(にんよう)性(妊娠のしやすさ)を保つ試みです。

乳がん治療の妊孕性への影響について

 A 抗がん剤の影響

 抗がん剤の副作用には卵巣機能の抑制があり、具体的には月経が停止します。その確率は抗がん剤の種類や投与期間および患者の年齢によって異なるといわれています。一度停止した月経はそのまま戻らず閉経になってしまうこともあります。その場合、その後の自然な妊娠・出産はできません。

 B ホルモン剤や分子標的治療剤の影響

 閉経前でエストロゲンレセプター陽性の乳がんに罹(り)患した場合、術後再発を防ぐため抗エストロゲン剤を5年(または10年)内服します。このお薬は、胎児に影響を及ぼし奇形が生じることが報告されております。つまり、内服中はお子さんをつくることは禁忌です。内服終了後に子どもをつくることには問題はありませんが、35歳を超えての出産は高齢出産とされ、通常でもリスクのある妊娠になりますので、30代で乳がんになってホルモン治療を始めた場合、10年後に自然に、そして安全に妊娠出産することは現実的に難しいといえます。

 同じように分子標的治療剤はハーツー受容体陽性の乳がんの再発を防ぐため術後1年間投与されます。この間に妊娠した場合、羊水減少などの異常が報告されており、投与中は妊娠できません。

妊孕性を保つためにできることとその問題点

 A 抗がん剤により無月経にならないようにする

 抗がん剤を開始する前にLH―RHアナログという薬で卵巣を眠らせておくと治療後の月経の再開率が高いという臨床試験のデータがあります。ただし、あくまでも月経を再開させることだけのデータですので、うまく子どもができることまで確認されているわけではなく、ガイドラインでは推奨されていません。

 B 受精卵の保存

 不妊治療として一般的に行われる方法で、夫の精子と御本人の卵子を体外で受精した後、凍結保存します。治療が終わってから、その受精卵を使って子どもをつくります。

 問題点として、一度にたくさんの卵子を採取するために排卵誘発が必要であることや、保険適応でないので高額であることが挙げられます。

 C 卵子の保存

 卵子のみ取り出して凍結保存します。受精卵同様の排卵誘発や料金の問題に加えて、その後あらためて精子と受精しますので、子どもができる確率は受精卵よりも低くなります。

 D 卵巣の保存

 手術により卵巣の一部を取り出して、凍結保存します。Bよりもたくさんの卵子が採取できますし、排卵誘発も必要ありません。ただ、まだ効果や安全性に関する報告は少なく研究段階であり、できる施設が限られています。入院・全身麻酔が必要です。

 ◇

 いずれも新しい試みですので、これらを行うことで「乳がんが再発しやすくならないか?」という質問には、まだ「絶対に大丈夫です」とは言えません。限られた治療期間の中で推奨される治療をきちんと行い、さらに妊孕性を維持することを安全かつスムーズに行っていくには、乳がんの診断を受けた時点から、治療の流れや再発のリスク、治療が終わった後のご自身の生活の状態を理解していただく必要があると思います。

 ◇参考文献など◇

患者さんのための乳がん診療ガイドライン(http://jbcsfpguideline.jp/)2014年 金原出版
・乳がん患者の妊娠出産と生殖医療に関する診療の手引き 2014年 金原出版
・若年乳がん 厚生労働省 若年乳がん患者のサバイバーシップ支援プログラム
「乳がん治療にあたり将来の出産をご希望の患者さんへ」(http://www.braineye.co.jp/congre/jakunen/common/file/02.pdf)

 しえん・ただひこ 丸亀高、香川医科大卒。三豊総合病院、国立がん研究センター中央病院を経て2008年から岡山大病院勤務。医学博士。日本外科学会指導医・日本乳癌学会指導医・がん治療認定医。JCOG乳がんグループ事務局。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年04月04日 更新)

タグ: がん女性岡山大学病院

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