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(2)認知症、軽度認知障害(MCI)の原因疾患の診断~〈I〉治療や予防の可能性がある認知症 岡山中央病院 神経内科部長 林泰明

林泰明神経内科部長

 認知症、軽度認知障害(MCI)の原因となる疾患は、アルツハイマー型(以下ア型と略)認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症で90%以上を占めます(図1)。それぞれに軽度認知障害(MCI)の段階(表1)もあると考えられます。

 もの忘れ外来では脳の病変部位を推定する神経学的診察を行います。例えば軽い片麻痺(まひ)があり、脳梗塞の既往歴がなければ片麻痺と認知障害の関連を考えCT検査をすると硬膜下血腫がみつかることがあります。これは手術で多くの場合よくなる疾患です。

 甲状腺機能低下症も時に認知症に似た状態を来すことがあります。血液検査で甲状腺ホルモンの低値が手がかりになります。胃を全部切除する手術は減っていますが、吸収障害のためビタミンB12欠乏を来して認知症を呈することがあります。正常圧水頭症では脚を開き気味の歩行となってふらつきやすく、尿が間に合わず失禁する状態が認知障害と同時に進行します。脳のCTで脳室や大脳下半部の髄液腔(くう)が拡大する特異な像を呈します。脊髄液を30ml抜く(タップテスト)と、これらの症状が改善することで診断します。

 しかし、画像で正常圧水頭症と思われてもタップテストで効果がない場合もあり、脳神経外科へシャント術をお願いした例は少数です。水頭症があっても高齢で認知症が進行していると検査を希望されぬこともあり早期の発見が必要です。

 「もの忘れ」でCT、MRI検査を行うと脳梗塞が見つかることは珍しくありません。しかし、その脳梗塞が認知機能の低下を説明できる部位になければ血管性認知症とは診断しません。その他の所見からア型認知症と診断できる場合には「脳血管障害を有するア型認知症」と診断します。認知症の疫学的調査では、このタイプの認知症が一番多いことが報告(図1)されています。

 一方「蜂の一刺し」、ただ1回の脳梗塞が、認知機能に重要な部位に生じると認知症となることがあります。昔経験した例をあげます。糖尿病や高血圧はあるが年末までは元気であった一人暮らしの76歳女性。お茶の先生です。弟子が正月2日に初釜のお迎えに訪ねたところまだ就床していて驚き、緊急入院になりました。

 意識はあり、会話も可能で麻痺もなく、手足の不自由はないのですがぼんやりした表情で、初釜の話には無頓着な態度を示し用意されたものを食べトイレを使う以外は何もしないで横臥(が)してしまう状態でした。そして入院3カ月後も状態は改善せず、独居生活には戻れませんでした。脳にはMRIで小さな梗塞が両側視床(認知機能に重要な部位)に生じているのみでした。これは血管性認知症の比較的稀(まれ)なタイプです。

 もの忘れ外来には歩行障害を主訴に来られる方も多いのですが、高血圧の長い治療歴の方で大きな卒中発作はないが、MRIで脳の深部白質の広汎な変化や基底核にラクナ梗塞(1・5cm以下の梗塞)の散在を認めて血管性パーキンソン症候群と診断している例があります。その中に徐々に注意力や意欲の低下が進み、トイレの失敗が増えて入浴や着替えなどに介助が必要になる方があります。このように卒中発作が目立たないで慢性的に認知機能の低下が進むタイプの血管性認知症もあります。

 一方、私が勤務している回復期リハビリ病棟へは脳卒中後の方が急性期病院から転院して来られます。意識は回復して失語もないが、リハビリを2カ月続けても注意力や意欲低下が改善せず、ナースコールのボタンも押せないで失禁し、入院生活に必要な手順が覚えられず実行できない方があります。これまでにも脳卒中を繰り返した病歴があり、MRIで多発性の新旧の皮質病変が認められれば多発性脳梗塞による血管性認知症と診断します。画像によらず「症状の合計点数」(表2)から血管性認知症を診断する手引きとして「Hachinskiの虚血スコア」がこれまで利用されてきました。

 血管性認知症は高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病の長い経過の間に全身の動脈硬化などが進行した結果であり、生活習慣病を予防する生活は高齢期からでは遅すぎます。壮年期以前から必要です。発症した場合にはかかりつけ医へ通院して薬物療法、食事・運動療法を根気よく続ける必要があります。壮年期から生活習慣病が続くと血管の病気のみでなく、ア型認知症の発症率も上がります。



 岡山中央病院(086―252―3221)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年06月06日 更新)

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