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(4)認知症、軽度認知障害(MCI)のひとの治療~生活療法と薬物療法 岡山中央病院 神経内科部長 林泰明

林泰明神経内科部長

 アルツハイマー型認知症(以下ア型)の原因とされるアミロイド沈着が始まるのは30代からですが、この段階で進行抑制する薬を開発することが根本治療薬の目標となっています。もの忘れ外来へ来られる70歳以上の方にはそのような予防薬は間に合いそうにありません。

 もの忘れ外来の診察室で行う薬物療法は認知症の進行を抑制する薬のほか、生活習慣病や脳梗塞の再発予防の薬物療法です。BPSD(行動・心理症状)を生じて来院した場合には抗精神薬を使用することもあります。

 同時に疫学的に証明されたア型や血管性認知症の促進因子(糖尿病、高血圧、脂質異常、喫煙など)や、抑制因子(生活習慣病の改善、運動、食事の改善、活動的な生活など)である環境要因に目を向けて介護保険の利用も含め、認知症の進行を予防する生活療法を主導する必要があります。忘れてはならないことは、英国のトム・キットウッドが1990年代に提唱した「認知症のひとのケア」の理念、「パーソンセンタ―ドケア」(図1)を生かすことです。

 もの忘れ外来では患者との会話を中心にしますが、同居、非同居の家族関係は家族に確認しておきます。生活習慣病があれば持参の薬手帳から何の薬か、一包化されているか、糖尿病では重症度の指標(HbA1c)も尋ねてみます。返事を聞けば薬物管理が独居であっても十分か、家族の協力が必要か、また家族力はどうか推測できます。

 かかりつけ医からの紹介であれば診断、生活状況、薬物管理などを報告して適応であれば抗認知症薬の開始を他剤とともに一包化でお願いします。

 当院での診療を希望されれば、本人には「もの忘れが進んでいる疑いがあります。薬も使いますが仕事を続けることが一番予防になります」と伝えます。家族へはア型の経過を説明し、進行抑制が可能な薬はあるが社会資源の利用や生活療法の必要性を強調します。そして、再診のたびに本人、家族との会話で生活機能の低下を発見して患者の希望を生かす方法を話し合います。

 夫婦で来られる場合は家事の分担、服薬チェック、買い物などを毎回話題にします。生活習慣病では食生活を話題にしてダイエットは買い物からを強調し、スーパーを利用した買い物リハビリを薦めます。散歩や畑・温室仕事、グラウンドゴルフなどをしている方は賞賛して継続を薦め、要介護レベルでも介護保険の利用を渋る方には参加の働きかけを続けます。

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 認知症に使用されている薬は現在2種4薬あります。神経伝達物質のアセチルコリンを分解する酵素の働きを抑制してアセチルコリンを増やすコリンエステラーゼ阻害剤の3薬のうちドネペジルは10年前から使用してきました。ア型やレビー小体型認知症ではアセチルコリンが減っているので、補充することで脳機能の活性化が生じると考えられます。しかし、副交感神経の刺激作用で吐き気や食欲低下で服用できない場合、腹を立てやすくなり中止などもあります。また徐脈性の不整脈や喘息(ぜんそく)のある方は要注意です。

 ア型では効果が診察室ですぐ分かることは少なく、しばらく経過をみて進行がないかなという印象が主です。ドネペジルの他にはガランタミンとリバチグミンがこの系統の薬です。リバスチグミンは貼付薬で、剥がせば薬の作用が早く消えるため、副作用でドネペジルが使えなかった人で有用であった例があります。

 レビー小体型に対してドネペジルは既に健保適応となっています。レビー小体型の方は薬剤に対して過敏な反応が特徴であり、少量から開始します。数日使用しただけで幻視が消えた方を多々経験しました。早期の効果が明瞭であり、長期の使用でもア型認知症より認知障害の低下が少ないという報告もあります。残るもう一つの薬はメマンチンです。中程度以上に進んだア型認知症へ、ドネペジルに追加して併用された成績では進行の抑制が報告されています。

 この10年、認知症の方々の家族の話を聞いているとデイサービスから帰宅するとすぐ行ったことは忘れてしまうが、排泄(はいせつ)などのセルフケアの能力低下が先延ばしできている方が確かにあります。薬物と生活療法の組み合わせが有効なのだと思います。生活療法をさらに進化させる必要があります。

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 岡山中央病院(086―252―3221)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年07月04日 更新)

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