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第1部 さまよう患者 (7) ジレンマ 診療に忙殺 進まぬ連携

回診で患者の様子を診る園尾教授(右端)。診療以外にも学生の指導や学会出張など多忙を極める

 歩くというよりは、駆け足に近い。白衣のポケットにはバナナが1本。診察の合間、昼食代わりにほおばるためだ。

 乳がん治療で実績がある川崎医科大付属病院(倉敷市松島)。日本乳 癌 ( がん ) 学会理事長も務める園尾博司教授(62)=乳腺甲状腺外科=は週2回の外来診察日、6階の教授室から3階の診察室までエレベーターではなく階段を使うのが常になった。

 「待ち時間が惜しくってね」。出勤は午前7時。すぐに医師、看護師らとカンファレンスや回診。診察室に座る9時すぎには、50人に上る患者の予約一覧表が届く。

 診察は1人10分足らず。「もっとじっくり話を聞いてあげたい。でも、次に待っている患者を思うと切り上げざるを得ない」。申し訳なさそうに話す。

 夕方に外来を終えても、翌日に手術を控えた患者への説明、学生指導など仕事は尽きない。

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 毎年、全国で5万人に見つかる乳がん。女性のがんで最も多く、急激に増えている。

 同病院では年間250件の手術をこなし、抗がん剤治療の外来患者は3千人を数える。手術数はここ7年で3倍に増えた。

 同病院は岡山県内に7カ所あるがん診療連携拠点病院の一つ。中でも、学会理事長の園尾教授の下には、他の医療機関の紹介で次々に患者がやってくる。紹介なしで、ネットで調べて来る若い患者も後を絶たない。

 「患者の専門医志向は強まるばかり。診療所より病院、病院よりは総合病院へ、どんどん集まってくる」

 ところが、学会認定の乳腺専門医は全国で約800人。患者数に見合うにはその2倍は必要だとされる。より良い治療を求め、患者は少ない専門医に殺到。それが医師の余裕を奪うという悪循環が繰り返される。

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 解決には、専門的な医療は拠点病院が引き受け、標準的な医療、術後のケアはその他の病院、診療所が受け持つ「地域連携」が欠かせない。

 ただ、「現実には難しい」と園尾教授。

 乳がんは再発予防のため、術後もホルモン療法を原則5年間続ける。治療期間が長い。一方、乳がんへの新しい薬剤は毎年登場、「2年間勉強をストップすれば対応できなくなる」というほど日進月歩の世界だという。

 「おのずと医療機関での治療レベルの差が生じがち。学会でも診療のガイドライン策定などを進めているのだが…」

 医療機関同士の顔の見える連携を進めているところも一部ある。しかし、身近な医療圏を超えて患者が集まる拠点病院でのハードルは高い。

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 診断から手術、前後の抗がん剤や経過観察まで―。1人の専門医にずっしりと負担がかかる現状に、園尾教授は「今のように目の前の患者に忙殺され十分な意思疎通を欠けば、患者の気持ちがくみ取れずに、さらに多くの『がん難民』を生むことにならないか」とジレンマを抱える。

 「救った患者の笑顔を支えに頑張ってきた。頼ってくれる患者は増えた。でも…」
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月07日 更新)

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