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第2部 「いのち」と向き合う (3) こだわり その人らしさ 一つ一つ

水槽の魚を見守る藤田師長(右端)ら。最近、小指の先ほどの魚が数匹産まれた=倉敷第一病院

 岡山県内の緩和ケア病棟を回り、選んだのは自宅から最も遠い施設だった。

 「病院っぽくなく、生活しやすいかなと」

 倉敷第一病院(倉敷市老松町)の5階緩和ケア病棟。重田靖さん(54)=仮名、岡山市=は 膵臓 ( すいぞう ) がんの抗がん剤治療を別の病院で受けていたが、痛みが強く、昨年10月からここで療養。一時退院後、今月再入院した。

 広い通路と高い天井が気に入っている。大きな窓があるデイルーム(談話室)で、毎日表情を変えて昇る朝日を眺める。ボランティアとお茶を楽しみ、音楽室で好きなジャズのCDを聞いて過ごす。

 流れるのは、ゆったりとした時間だ。

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 「病棟に“命”を感じるものを入れたくて。こだわりました」

 病棟師長の藤田千尋さん(53)がナースステーション前の大型水槽を指さす。卵を口に含んで外敵から守る珍しい熱帯魚たちが泳いでいた。

 2008年4月に開設された同病棟。準備段階からかかわる藤田さんたちは、周到に工夫を凝らした。

 デイルームは温かみのある木目の床にし、開放的なバルコニーを設置。各病室にベランダも設けた。添い寝できるセミダブルベッドやくつろげる畳の間は、部屋で付き添う家族に配慮した。

 毎日のカンファレンスでは患者の病状はもちろん、好きな食べ物や趣味などの情報を全員で共有。亡くなった後には担当看護師が遺族に手紙を出し、心のケアに努めることも徹底した。

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 笑顔で退院した患者にがんが再発して戻り、悲嘆に暮れながら亡くなっていく。藤田さんは別の病院に勤めた26年間で、そんな姿を数多く見てきた。

 当時、院内で勉強会を開き、緩和ケアを試みたこともある。「でも、一般病棟ではどうしても手術直後などの急性期患者に手をとられ、治る見込みのない終末期の患者へは足が遠のいた」

 「死んでいく人をみてやりがいがあるのか」「緩和ケアなんて片手間でできる」と言われたことさえある。

 6年前、倉敷第一病院の緩和ケア病棟の計画を知り移ってきた藤田さんは、同僚の尾下玲子さん(48)とともに、日本看護協会の「緩和ケア認定看護師」の資格を取るため、神戸市の研修所に半年間住み込んだ。精神科の分野やコミュニケーション、家族ケアなど幅広く学んだ。

 患者や家族が何を求め、それにどう応えるか。考え抜いた結果を新病棟に結実させた。

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 「今の医療は患者にとって必要かどうか分からないことをしているのではないか」。同病棟担当の福田 展之 ( のぶゆき ) 医師(37)は言う。

 例えば体温や血圧測定。マニュアル化して決まった時間に漫然とするより、患者とコミュニケーションをとり、その時々で必要なケアをするのが重要だと感じている。

 「『その人らしさ』を大切にするってことですかね」と藤田さん。

 風呂に入る時はシャワーが先、午前10時と午後3時のコーヒー…。そうしたささいなことも、患者が歩んできた生活の一部だ。

 「こだわり」を一つ一つ実現していくことが、絶望や苦痛の中で生きる患者の支えになる―。藤田さんは堅く信じている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月25日 更新)

タグ: がん

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