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28 どんでん返し がん 間一髪で血管外

4人編成の「ベントーズ」でステージに登場した岩田勝さん(右から2人目)。「パイプライン」などのベンチャーズナンバーを存分に弾きまくった=9月20日、赤磐市立中央公民館

 「ミラノ基準」の解釈が変更され、かなわぬ夢と思っていた生体肝移植の門にたどり着いた岩田勝さん(64)。しかし手術台に上がる直前、最後のどんでん返しが待っていた。

 岡山大病院へ入院、全身をくまなく調べる術前検査に臨んだ2007年11月、CT(コンピューター断層撮影)でまたしてもがんが見つかった。しかも、今回は血管に食い込んでいるように見える。

 血管浸潤しているがんがあれば、個数や大きさにかかわらず、ミラノ基準を逸脱する。肝臓をそっくり入れ替える移植は究極の治療法だが、がんに対する有効性については世界の専門家にもさまざまな議論があるようだ。どこかで非情の一線を引かなければならないのかもしれないが、その基準は難しい。

 「ここにがんがある。気の毒だが、移植は80―90%できない」。CT画像を見せながらの宣告。日本では、ミラノ基準を逸脱する移植には健康保険が適用されない。またしても振り出し。岩田さんは奈落の底へ突き落とされた。

 「ここまで来て…」。11月22日の手術予定日まで1週間。ドナーを志願し、翌日入院するはずの長男祥昭さん(35)にどう説明すればいいのか。眠れなかった。

 気持ちの収まりがつかないまま、がんの位置を確認するため、怪しい血管に直接細いカテーテルを挿入し、造影剤を注入して撮影する検査が行われた。

 「岩田さん、大丈夫。手術を受けられるよ!」。間一髪、がんは血管を外れていた。信じられないような幸運。検査室のスタッフみんなが喜びを分かち合ってくれた。

 3日後、ついに手術が実現した。

 テケテケテケ―。

 軽快なエレキサウンドがホールにこだまする。今年9月20日、ザ・ベンチャーズファンのアマチュアバンドが赤磐市立中央公民館(同市下市)に集結。ステージ中央に、気持ちよさそうに愛器「モズライト」のギターフレットに指を滑らす岩田さんの姿があった。

 向かって右に兄欣也さん(68)がリズムギターを構える。バンド名の「ベントーズ」は肝硬変と闘病中、勝さんが自宅で弁当店を営んでいたことにちなんでいる。

 手術までの険しい道のりがうそのように、術後はずいぶん順調。1カ月ほどで退院できた。移植前にはバンド練習で2曲弾くと横になっていたのに、今では10曲でも20曲でも平気で弾き続ける。

 将来の不安がないわけではない。免疫抑制剤とともにB型肝炎の再発を防ぐ抗ウイルス薬(ラミブジン)の内服も続けている。がん再発の危険も完全に消えたと言える段階ではない。

 それでも「今、僕が生きていられるのは奇跡」と自覚する岩田さんは、「命をあきらめるな」と訴える。結成50周年を迎えたベンチャーズは今なお現役。岩田さんもステージに立つたび、「二度目の命」のありがたさをかみしめている。

メモ

 ザ・ベンチャーズ 1959年、ドン・ウィルソン(リズムギター)とボブ・ボーグル(リードギター、今年6月死去)を中心に結成された米国のバンド。60年代後半、「ダイアモンド・ヘッド」「パイプライン」「10番街の殺人」などが日本でも次々にヒット。「京都の恋」などの歌謡曲も作曲し、エレキブームを巻き起こした。メンバーが入れ替わりながらもほぼ毎年来日し、今夏も岡山市など全国で公演した。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年11月16日 更新)

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