高次脳機能障害 家族のあした(下) 社会との接点できた
♪仲間だよね 進もうよ 未来に向け 歩こうよ―
西日本初の高次脳機能障害者中心の作業所「工房かたつむり」(倉敷市西坂)。扉を開けると、ハンドベルの澄んだ音色と元気な歌声が流れてきた。
楽譜とにらめっこしながら行進曲「威風堂々」を演奏しているのは10人。歌詞はオリジナルだ。
作業所は2004年4月、木造平屋の民家を借りてオープンした。平日の朝から夕方まで開所。職員3人と家族、ボランティアらがじっと見守る。
「見えない障害」ともいわれる高次脳機能障害。記憶障害などは外見からはなかなか分からず、職場や学校で誤解を受けたり、社会復帰そのものに高いハードルがある。
ここでの日課は、陶芸や編み物で商品を作ってバザーで販売したり、注文に応じての名刺プリント。合間には、リハビリの一環として歌やハンドベルを練習し、地域のイベントにも出演している。
■ ■
発起人の1人、倉敷市の高尾明美さん(53)。長男の晃正さん(26)が中学3年の5月、テニス部の練習帰りに交通事故に遭った。
順調な回復が一転したのはその年が明けたころ。家中の引き出しの中身を放り投げ、夜は寝ないで 徘徊 ( はいかい ) するようになった。
通信制高校に進み、就職を目指して職業訓練校に通った。しかし、何度面接に行っても採用にはいたらず、公共職業安定所からは「物事を計画的にやっていくのが難しい。就職は無理では」とまで言われた。
一日中家にこもっている晃正さんは、明美さんから見ても毎日をただボーッとして過ごしているようでつらかった。
「目的を持って何かができる居場所をつくってやりたい」
明美さんが参加する家族会「おかやま脳外傷友の会モモ」でメンバーに切り出すと、多くの仲間が同じ思いだった。
■ ■
明美さんらの願いが結実した「工房かたつむり」。だが「岡山県内には十分なケアができたり、共同作業所のような場所はほとんどない」と県健康対策課はいう。制度上は精神障害に区分され、障害者自立支援法における通所や入所サービスの利用が可能だが、適応が難しいためだ。
川崎医療福祉大の種村純教授(感覚矯正学)は「物忘れや失語、注意力低下など症状は人によってさまざま。そのため他の障害とはスタッフの対応や介護が質的に異なる」と指摘。専門的なスタッフの育成と、専門施設の整備が必要だと訴える。
■ ■
晃正さんはいま、陶芸に夢中だ。作業所だけでは物足らず、備前焼作家の下で学び、今年は初めて作品展を開くまでになった。
「作業所のおかげで息子にやっと社会との接点ができた」
明美さんら「モモ」のメンバーは、高次脳機能障害者が夢を追い続けられる「居場所」をもっと増やしていきたいと考えている。
「障害を理由に社会と疎遠になるんじゃなくて、みんなと一緒に生きてほしい」
後ろに下がらず、前へ前へと進むカタツムリ。作業所の名前には、そんな思いがこもっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。
西日本初の高次脳機能障害者中心の作業所「工房かたつむり」(倉敷市西坂)。扉を開けると、ハンドベルの澄んだ音色と元気な歌声が流れてきた。
楽譜とにらめっこしながら行進曲「威風堂々」を演奏しているのは10人。歌詞はオリジナルだ。
作業所は2004年4月、木造平屋の民家を借りてオープンした。平日の朝から夕方まで開所。職員3人と家族、ボランティアらがじっと見守る。
「見えない障害」ともいわれる高次脳機能障害。記憶障害などは外見からはなかなか分からず、職場や学校で誤解を受けたり、社会復帰そのものに高いハードルがある。
ここでの日課は、陶芸や編み物で商品を作ってバザーで販売したり、注文に応じての名刺プリント。合間には、リハビリの一環として歌やハンドベルを練習し、地域のイベントにも出演している。
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発起人の1人、倉敷市の高尾明美さん(53)。長男の晃正さん(26)が中学3年の5月、テニス部の練習帰りに交通事故に遭った。
順調な回復が一転したのはその年が明けたころ。家中の引き出しの中身を放り投げ、夜は寝ないで 徘徊 ( はいかい ) するようになった。
通信制高校に進み、就職を目指して職業訓練校に通った。しかし、何度面接に行っても採用にはいたらず、公共職業安定所からは「物事を計画的にやっていくのが難しい。就職は無理では」とまで言われた。
一日中家にこもっている晃正さんは、明美さんから見ても毎日をただボーッとして過ごしているようでつらかった。
「目的を持って何かができる居場所をつくってやりたい」
明美さんが参加する家族会「おかやま脳外傷友の会モモ」でメンバーに切り出すと、多くの仲間が同じ思いだった。
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明美さんらの願いが結実した「工房かたつむり」。だが「岡山県内には十分なケアができたり、共同作業所のような場所はほとんどない」と県健康対策課はいう。制度上は精神障害に区分され、障害者自立支援法における通所や入所サービスの利用が可能だが、適応が難しいためだ。
川崎医療福祉大の種村純教授(感覚矯正学)は「物忘れや失語、注意力低下など症状は人によってさまざま。そのため他の障害とはスタッフの対応や介護が質的に異なる」と指摘。専門的なスタッフの育成と、専門施設の整備が必要だと訴える。
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晃正さんはいま、陶芸に夢中だ。作業所だけでは物足らず、備前焼作家の下で学び、今年は初めて作品展を開くまでになった。
「作業所のおかげで息子にやっと社会との接点ができた」
明美さんら「モモ」のメンバーは、高次脳機能障害者が夢を追い続けられる「居場所」をもっと増やしていきたいと考えている。
「障害を理由に社会と疎遠になるんじゃなくて、みんなと一緒に生きてほしい」
後ろに下がらず、前へ前へと進むカタツムリ。作業所の名前には、そんな思いがこもっている。
(2009年10月08日 更新)