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心臓病 川崎医大病院

心臓手術をする種本教授(右)=川崎医大病院提供

【写真上段左から】種本和雄教授、吉田清教授、正木久男准教授、大倉宏之准教授【写真下段左から】田淵篤講師、川元隆弘講師、柚木靖弘講師

心臓の構造

岡山唯一の高度救命救急センター -----------------------------

 岡山県内唯一の高度救命救急センター、ドクターヘリなどを持つ川崎医大病院。2007年、中四国初の心臓弁膜症治療センター、大動脈瘤(りゅう)センターを開設し、心臓病治療にも24時間体制で当たる。

 7月中旬の夕方、新見市で30代男性が飲食中に突然、胸が詰まるような苦痛を覚えた。我慢したが痛みが強まり、発作から約3時間後の午後8時ごろ、同市内の病院に運ばれた。心電図検査で心筋梗塞(こうそく)などが疑われたため、救急車で川崎医大病院へ搬送された。

 同10時17分、同病院高度救命救急センターに到着。心電図、超音波(エコー)検査が行われ、大動脈弁の直上に大動脈解離が見つかった。3層構造の血管の膜同士がはがれる疾患で、血管が薄くなり破れると死に至る。

 循環器内科医は緊急手術が必要と判断し、心臓血管外科医を呼び出す一方、CT(コンピューター断層撮影)検査を実施。上行大動脈から腹部大動脈まで解離し、超音波検査では大動脈弁の逆流も認められた。

 手術は全身麻酔をし、日付が変わった午前0時20分に開始。副院長の種本和雄教授(心臓血管外科)が胸を約20センチ切開すると、解離は上行大動脈から腹部大動脈下まで60センチ以上にわたり、大動脈弓から分岐し脳や上肢に血液を運ぶ頸(けい)部3分枝(腕頭動脈、左総頸動脈、左鎖骨下動脈)の根元にも及んでいた。

 さらに、心臓を動かす心筋に酸素と栄養を送る右冠動脈に解離が及んだことによる心筋梗塞、大動脈弁が壊れ逆流を始めたのに伴い心不全症状も進行。種本教授は大動脈弁から大動脈弓にかけ、人工弁付き人工血管を付け、併せて冠動脈バイパス手術も行う「ベントール・上行弓部置換術」に着手した。

 手術開始直後、男性の心臓が停止したため人工心肺を働かせ、特に頸部3分枝には「脳分離体外循環」で脳細胞が損傷を受けないように血液を送った。血液は臓器などの機能低下を防ぐため、体外循環装置で温度を冷やして流し、体温を27度まで下げて進めた。

 大動脈弁を切除、病変部の血管を切り開き、人工弁付き人工血管(直径約2・5センチ、長さ約15センチ)を重ね合わせて縫合。背中側に向かって湾曲する弓部、頸部3分枝の根元でも迅速、正確に縫い付けた。さらに、右冠動脈のバイパス手術で、脚の静脈から血管を採取し、人工血管につないで血流を回復した。

 「弓部の縫合は、解離した血管をくっつけながらの作業。しかも血流を止めるため、腎臓などにダメージを与えないよう短時間で終える必要があり、高度な手技が求められる」と種本教授は言う。

 他の解離部位は血管破裂の可能性が低く、薬物療法で経過を見ることにし、11時間以上に及ぶ大手術は終了。男性は「生きているのが奇跡」と感謝し、20日後に退院した。

 急性大動脈解離は突然発症し「上行大動脈が最も破れやすく、一刻も早く手術が必要」と種本教授。吉田清教授(循環器内科)は「放っておけば1週間で半数は死亡する。胸痛発作の診断では、心筋梗塞などの虚血性心疾患だけでなく、大動脈瘤・解離といった血管疾患を疑い、早く見つけることが大事」と語る。

超音波検査で最適治療 -----------------------------------

 ■救命体制 除細動器、人工呼吸器などを備えたCCU(冠疾患集中治療室)、ICU(集中治療室)が計12床あり、CCUは通常8床。夜間は循環器内科医1人が当直し、緊急時は自宅待機の医師らを電話で呼び出すオンコール体制を取る。

 ■内科的治療 冠動脈が狭くなる狭心症、詰まって心筋が壊死(えし)する心筋梗塞に対し、心カテーテル治療は循環器内科の大倉宏之准教授、川元隆弘講師らが行う。09年、脚の付け根や手首の動脈から細い管・カテーテルを病変部まで入れ、風船を膨らませ血流を回復したのが266例。うち224例で、血流の道を確保するステント(金網状の筒)を留置した。超音波や近赤外線を出して血管内の断面画像を抽出する診断法も実施している。

 治療時間は30分〜1時間前後で、狭心症患者は2、3日、心筋梗塞では10日〜2週間程度で退院できる。不整脈治療では、カテーテルアブレーション(心筋焼灼(しょうしゃく)術)や両心室ペースメーカーの植え込みを行っている。

 特筆すべきは心臓超音波検査。吉田教授らが06年に開発した3次元心エコー図解析ソフトにより、胸に超音波を当て大動脈弁や僧帽弁、血管などの立体画像を表示する。「CTでは見られない弁の異常、病変の状態などが分かり、最適な治療ができる」と吉田教授は話す。

 ■外科手術 09年、弁膜症、胸部大動脈瘤手術といった心臓手術(146例)は種本教授、腹部大動脈瘤手術(41例)などは心臓血管外科の正木久男准教授、田淵篤講師らが執刀。単独の冠動脈バイパス手術31例のうち、心臓を動かしたまま行うオフポンプ手術は23例(74%)。大動脈瘤のステントグラフト治療は18例実施した。

 弁膜症手術は、人工弁に換える「弁置換」より、壊れた弁を再建する「弁形成」に努め、僧帽弁手術では95%以上を占める。「自分の弁を残せれば、薬服用などが不要で予後がいい」と種本教授。予定の心臓手術の8、9割は感染症防止などのため、患者から事前に採り貯めた自己血のみを使う無輸血手術を実施している。

 ■ドクターヘリ 心臓病など重症患者の救命に威力を発揮しているのが、医師を乗せて患者を運ぶドクターヘリ。同病院では01年、全国で初めて本格運航を始め、山間部や離島などの患者を救急搬送。09年度は402回出動した。

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薬袋 ワーファリン
血液固まりにくくする作用


 脳梗塞などを含めた循環器領域で、最も使用される大切な薬の一つ。血液を固まりにくくする作用があり、冠動脈バイパスや人工弁の手術を受けた人、心房細動という不整脈や深部静脈血栓症の患者が内服する。

 定期的に血液検査を受け、効き具合をコントロールする必要がある。効きすぎた場合、出血などの合併症が起こることがある。また、ビタミンKはワーファリンの効き目を打ち消してしまうため、納豆、クロレラ、青汁などの飲食は控えなければならない。妊婦は内服できない。

 きちんとコントロールされていれば安全で有効な薬。さらに安全に内服してもらうための研究も続けられている。
(柚木靖弘・心臓血管外科講師)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年09月06日 更新)

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