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岡山大の肺移植医・大藤講師 往診で全国奔走 「脳死肺移植は最後の希望」 法改正から3ヵ月・・・依頼急増

肺移植を希望する患者を往診する大藤講師(中央)。手術までの手順などを説明した=茨城県内の病院

 「私にとって移植は最後の希望なんです」

 10月上旬、茨城県にある民間病院の個室。ベッドに身を横たえた50代の男性患者が、声を振り絞った。

 傍らで話を聞くのは、岡山大病院(岡山市北区鹿田町)で肺移植を執刀する大藤剛宏呼吸器外科講師。列車を乗り継ぎ、5時間かけて往診に訪れた。

 男性の病気は重度の間質性肺炎。考えられる内科的な治療は尽くされていた。「子どもたちはまだ学生。家族のために何とか生き延びたい…」

 インターネットにわずかな可能性を求めた男性が見つけた治療法が「肺移植」。脳死、生体合わせて76例という国内トップの実績を持つ岡山大病院と大藤講師にたどり着き、主治医に紹介を依頼、往診が実現した。

 家族承諾で脳死による臓器提供を可能にした改正臓器移植法の全面施行(7月17日)から3カ月余り。急増する臓器提供に比例するように、大藤講師に舞い込む患者側の依頼も相次ぐ。月1件だった他の病院からの紹介患者は2、3倍に、さらに毎日数件の問い合わせが来るようになり、全国に数人しかいない肺移植医である大藤講師を取り巻く環境は一変した。

 重度の間質性肺炎の男性が入院する茨城県内の病院に到着した岡山大病院(岡山市北区鹿田町)の大藤剛宏講師は、すぐに現地の内科医と症例を検討。1時間後、男性と初めて対面した。

 「ハア、ハア、ハア…」。会話の合間に漏れる呼吸音。男性の呼吸状態を示す酸素飽和度モニターは、健康な人の平均数値(98%)を大幅に下回る70から80を行き来していた。苦しそうな音が、命の危険性を物語る。

 「心臓が弱っていますが、頑張れば移植ができそうです」。大藤講師が優しく告げると、男性は「ありがとうございます。ぜひ先生にお願いしたいと思います」と喜びを表した。

信頼から始まる

 改正臓器移植法の全面施行後、岡山大病院の大藤講師による往診は北海道、高知、鳥取県、東京都におよび、茨城県の男性で5件目。11月上旬には広島、山口県にも出向く。改正法施行前も遠方への往診は行っていたが、頻度は格段に増した。

 「後輩の医師に代わりを頼むこともできるが、治療は患者さんに信頼されることから始まる。カルテには決して書かれない、移植にかける思いもよみ取れる」。直接出向いて往診する意義を、大藤講師はこう説明する。

 豪・メルボルンの病院で約200例の肺移植を経験し、初診から手術、術後管理や退院後のフォローに至るまで、すべてのノウハウを学んだ大藤講師。その経験が、岡山大病院の肺移植の実績を支えている。

 それでも「移植ができれば救えたはずの命を目の前で失い、悔しい思いをしてきた」ことを原動力に、全国各地を飛び回る。

草の根運動

 提供要件の厳しさから「移植規制法」とも揶揄(やゆ)された臓器移植法の施行から13年。今夏の改正法全面施行までの脳死臓器提供は86例にとどまり、“舞台”も一部の大規模病院に限られてきた状況が今、大きく変わろうとしている。

 「移植は延命措置ではなく、患者さんに元通りの人生を取り戻してもらう医療。現実的な治療の一つとして考えてもらえれば」

 茨城県で男性の往診を終えたわずか30分後。大藤講師は70人の病院スタッフに、移植医療について講演した。

 他人の臓器を体内に入れる移植は、手術が治療の終わりではない。拒絶反応や感染症との闘いが一生続く。移植の機会が増えるほど術後管理や退院後のケアは移植実施病院だけでは不可能で、各地の医療機関の受け皿づくりが課題となる。

 「往診は患者の診察だけでなく、医療従事者を啓発する絶好の機会。移植が“通常の医療”になるための『草の根運動』なんです」。各地でスペシャリストが役割を分担する欧米型の体制構築へ、大藤講師は力を込める。


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 臓器移植手術の手順 岡山大病院で移植を受けるには、院内と院外で行う2回の判定で手術適用と認められる必要がある。院内の判定委員会などで手術適用となった場合、臓器別に設けられる中央の判定委員会に申請。中央でも適用となれば、臓器あっせん機関の日本臓器移植ネットワークに登録でき、脳死などによる臓器提供を待つことになる。同病院の脳死移植の待機患者は肺が24人、肝臓が5人。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年10月27日 更新)

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