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(11)医師教育研修 倉敷中央病院 総合診療科・救急医療センター 福岡 敏雄主任部長(49)

研修医とともにICUを回診する福岡主任部長。治療の最前線は同時に最も厳しい医師教育の場だ

 午前8時すぎ。救急医療センターの片隅にある小部屋に、白衣姿の若手医師たち8人が顔をそろえた。

 「80歳代の女性ですが…」。おもむろに女性研修医が前日に救急搬送された患者の症例を報告し始める。傍らで上級医が口述タイプし、大画面モニターに映し出す。

 <主訴 意識障害 JCS(ジャパン・コーマ・スケール)III―200 施設に入所し、これまで意思疎通良好…>

 刺激しても覚醒しない状態でかなり重度。脳梗塞による左麻痺(まひ)の後遺症があるものの、車いすで移動し、食事も自立していた。何が起きたのか―。

 MRI(磁気共鳴画像装置)では新たな脳梗塞の発生をうかがわせる所見はない。「あれもこれも考えないといけないわけだね」。福岡は眼鏡の奥から研修医たちの顔を見回し、問いかけた。

 動脈血酸素飽和度(血液が運ぶ酸素量の指標)は85%だったが処置で回復▽前日に低血糖発作があり、ブドウ糖点滴を受けていた―。エピソードから疑われる疾患を次々に挙げ、検査結果や症状を根拠に否定していく。可能性の高い疾患や病態を絞り込むためだ。

 「代謝性の脳障害の所見は、MRIでは遅れて出てくることがある。所見がなくても除外はできない。だまされるなよ」。福岡の警告でカンファレンスは終わった。

 治療で女性の容体は安定し、救急チームの手を離れ、循環器内科病棟に移っている。なぜ再検討したのか―。

 「診断は当て物や謎解きではない。どういうことを考え、何を除外したかというプロセスが重要」「患者が何を望んでいるかにこだわろう。検査値が改善しても患者はありがたがらない。大事なものは数字で測れないかもしれない」

 倉敷中央病院は初期研修医約50人、後期研修医約140人を抱える。研修プログラムを統括する福岡は、毎朝のカンファレンスを通じ、若き研修医たちにこうした心構えを学び取ってほしいと願う。

 その思いは自身の研修医時代に芽生えた。大阪大医学部付属病院で医師の道を歩み始めた福岡は、膀胱(ぼうこう)がんを患う先輩女医の主治医となり、亡くなるまで受け持った。

 ベッドサイドで一緒に彼女の人生を振り返り、大出血を止める救命処置を求めて院内を駆け回った最初の主治医経験が、一生を重症患者を診る医療にささげる志を立てさせた。

 大阪府立病院で麻酔科、倉敷中央病院では循環器内科に所属し、循環管理を学んだ。その後、ICU(集中治療室)を立ち上げた名古屋大医学部付属病院に招かれ、やがて同大大学院で救急・集中治療医学を教える立場になった。

 最初は学生に向かって一方的に話す講義形式だったが、EBM=エビデンス(根拠)に基づいた医療=の指導法との出会いが教え方を一変させた。

 日本ではまだ医師が主人公で、直感と経験が重んじられていた時代。患者の「問題」を中心に据え、情報を批判的に吟味し、プロセスを評価するEBMに驚きを覚えた福岡は、1997年にカナダ、99年に英国のワークショップに参加し、EBM指導法を学んだ。

 以来、小集団でディスカッションする双方向授業を実践。各地でさまざまな職種の医療・保健従事者を対象とするEBMセミナー(CASP(キャスプ) JAPAN)を続けている。

 「ここは恐ろしいんだ。『万に一つ』が年に6、7回も起こる」。2006年、14年ぶりに倉敷中央病院に戻った福岡は、自戒を込めて研修医たちに語りかける。10年の救急患者数は全国トップレベルの6万6662人。「まさか」が現実に起こる最前線だ。

 12年夏には第3棟増築部が完成し、救急医療センターの器が整う。新しい図書スペースも用意され、教育研修設備がさらに充実する。「最終的に若い人に任せることが目標。そのために今、手をかけておかないと」。一人の「名医」に頼らないシステム医療の構築に向け、福岡の挑戦は続く。

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 ふくおか・としお 大阪大医学部卒。大阪府立病院、名古屋大医学部付属病院勤務を経て同大大学院助手。2006年12月から倉敷中央病院総合診療科主任部長兼医師教育研修部長。昨年3月から救急医療センター主任部長兼務。岡山大、名古屋大、京都大などで非常勤講師や臨床教授を務める。

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 臨床研修制度 医師免許取得後の臨床研修は従来、努力規定とされていたが、2004年から必修化された。研修期間は「2年以上」とされ、2年目までを初期研修、3年目以降を後期研修と通称している。旧制度では大半の研修医が出身大学の関連病院で研修していたが、新制度では各病院が上限内で研修医を公募し、研修先を自由に選べるようになった。

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 CASP(Critical Appraisal Skills Programme) 批判的吟味能力学習プログラム。英国オックスフォードで市民のための健康支援活動の一環として始まった。EBMの考え方に基づき、医療や保健の現場で判断にかかわるすべての人がその根拠をわきまえた上で判断し、行動できるよう支援することを目的としている。CASP JAPANホームページ http://caspjp.umin.ac.jp/

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倉敷中央病院

倉敷市美和1の1の1

電話 086-422-0210

メールアドレス www-adm@kchnet.or.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年02月07日 更新)

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