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慢性炎症 三大疾病に深く関与

炎症と発がん

松川昭博・岡山大大学院医歯薬学総合研究科教授

 何百万人もの持続感染者が苦しんでいるB型やC型のウイルス性肝炎は、ウイルス自体に肝細胞を壊す力があるわけではない。ウイルスに取りつかれた自分の細胞を排除しようとして、白血球の一種のリンパ球などが攻撃を繰り返す結果、肝臓が炎症を起こす。

 炎症はやっかいな邪魔者なのだろうか?

 炎症の専門家である岡山大大学院医歯薬学総合研究科の松川昭博教授(免疫病理学)は「それは違います。炎症がないと人間は生きていけません」と断言する。

 松川教授は映画「宇宙戦争」(スティーブン・スピルバーグ監督、2005年公開)のクライマックスシーンを紹介し、「軍隊も歯が立たない最強の宇宙人から、人類はどうやって救われたのか?」と問いかける。

 映画では、宇宙人は地球の微生物に免疫がなかったために絶滅した。人類を守った免疫は「疫病(病気)を免れる」機構であり、炎症反応は病気の原因となる「異物」を取り除く一連の反応。だが、その影響は周囲の健常な組織・細胞にも及び、時として過剰に傷つけてしまう。「局所を犠牲にして全体を守る」もろ刃の剣なのだ。

 通常、異物が排除されれば炎症は速やかに終息し、組織は修復される。大きく傷害されたり、再生できない細胞の場合は、線維化した瘢痕(はんこん)を残して治癒する。長期的に問題になるのは、炎症の原因が取り除けないために反応が延々と繰り返す慢性炎症になること。

 松川教授によると、がんの約20%に慢性炎症が関与しているという。アスベストによる肺がん・悪性中皮腫、胃酸の逆流による食道がん、紫外線刺激によるメラノーマ、ヘリコバクター・ピロリ菌による胃がん、ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸(けい)がん…。近年、種々の慢性炎症と発がんの関係が裏付けられてきた。

 炎症反応によって活性化した白血球から放出された活性酸素や一酸化窒素が分裂期細胞の遺伝子DNAを傷つけ、異常ながん細胞をつくり出すと考えられている。

 がんだけではない。ともに日本人の三大疾病に挙げられる心疾患、脳血管疾患にも、慢性炎症は深く関与している。解剖や組織生検の病理診断により、動脈硬化は炎症に伴って進展しているという証拠が明らかになってきた。

 「炎症を発動するシグナルと並行して抑制するシグナルもいろいろあります。うまくバランスを調整できれば治療の道筋が見えてきます」。松川教授らの研究はさまざまな免疫治療の基礎を担っている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年09月06日 更新)

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