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脳死肺移植の年齢制限緩和を 生体移植受けた女性訴え

年齢制限で脳死肺移植が実現せず生体移植を受けた女性(手前)と執刀した大藤チーフ。年齢制限の緩和が2人の共通の願いだ

 家族承諾で脳死臓器提供を認めた改正臓器移植法施行(2010年7月)で、脳死ドナー(臓器提供者)が急増した。多くの患者が救われる中、脳死肺移植の待機患者登録に「60歳未満」という年齢制限があるため、生体肺移植に切り替えざるを得なかった家族が岡山市にいる。岡山大病院(同市)で手術を受けた女性(60)は「年齢制限は今の時代に合わない。緩和できないなら、制限の存在をもっと周知するべき」と訴える。

 今月下旬、女性が入院する同大病院の個室に、執刀医の大藤剛宏肺移植チーフが姿を見せた。「経過は至って順調。もう少しで退院できますよ」

 女性は「ドナーになってくれた息子と娘、娘の嫁ぎ先のご家族、大藤先生…。本当に皆さんのおかげ。感謝しています」と涙を浮かべた。

猶予かなわず 

 女性は08年、家事の最中、経験したことのない激しい咳(せき)に襲われた。地元の病院を経て同大病院で、肺に炎症が起きて呼吸が困難になる間質性肺炎と診断された。症状は徐々に悪化して治療法は移植しかない状態となり、11年12月、大藤チーフを紹介してもらった。

 脳死肺移植を受けるには、院内の判定委員会や中央肺移植適応検討委員会で承認を受けた後、日本臓器移植ネットワークへ患者登録し、順番を待つ。

 だが、女性の登録には大きな壁があった。脳死肺移植では、中央委が「原則60歳未満」(両肺移植は55歳未満)という年齢制限を設けているからだ。

 女性はこの時、59歳11カ月。大藤チーフは登録準備を急ぐ一方、中央委に“猶予”を求めたが、かなわなかった。急きょ、生体移植に方針転換し、今年2月上旬、30代の息子の右肺、20代の娘の左肺の一部を女性に移す手術を行った。

欧米では25%

 ただ、生体移植も血液型や体格の不一致、ドナー候補者が抱える病気などから実施できない場合が少なくない。60歳以上で重い肺の病気を患い、生体移植が不可能なら治療のすべを失うことになる。

 同大病院などによると、年齢制限は臓器移植法施行(1997年)に合わせて設けられた。当時、臓器提供は少なく、将来ある若い世代が優先された。移植肺が生着しないリスクも考慮しての線引きだった。しかし、法改正によるドナーの増加や医療技術の進歩を背景に、医療関係者や患者には年齢制限の緩和を求める声がある。肝臓などは60歳を超えても患者登録は可能だ。

 欧米では60歳以上への肺移植は全体の25%を占め、術後の生存率も50代以下と大差はないという。60歳までに登録を済ませ、61歳になった昨年、同大病院で脳死肺移植を受けた男性=中国地方=も劇的に回復、元の生活に戻っている。

 「一部の企業では定年が65歳になるなど、60代はまだまだ現役。今後も年齢制限の引き上げを求めていく」と大藤チーフは話す。

 それを聞き、生体移植を受けた女性は「私の事例を通じ、年齢制限の存在を広く知ってもらいたい。患者登録ができれば、治療の選択肢は確実に広がるから…」と続けた。

 改正臓器移植法と生体肺移植 脳死ドナー増などを狙いに2010年7月に全面施行。本人の事前拒否がなければ家族承諾で脳死臓器提供できるなど、要件が大幅に緩和された。1997年の法施行から改正まで13年間の脳死ドナーは86人。改正後のドナーは83人(29日現在)。生体肺移植は健常なドナー2人の肺下部を切り取り移植する。欧米よりも脳死ドナーが少なかった日本では生体移植の症例が先行。ただ、健常者にメスを入れることから「次善の策」と考える医療関係者は多い。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月30日 更新)

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