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(9)「つまようじ法」が生まれるまで 朝日高等歯科衛生専門学校校長(旧ベル歯科衛生専門学校) 渡邊達夫

 大学を卒業して医局に残ったころ、下宿のおばちゃんから「毎日、毎日、夜遅くまで大学で何をしているんかの?」と聞かれた。「唾液の酵素を精製して英語で論文を書くんや」と答えたら、「それでムシ歯が減るんかね?」ときた。この研究が将来ムシ歯や歯周病に関係するかもしれないが、方向性が違うことは確かだ。福沢諭吉は、活用なき学問は無学に等しい、と言った。

 その頃、広島大学歯学部創設に先頭になって動いた高木健吉(元広島県歯科医師会長)に、「何故、先生の競争相手になる歯医者をつくるために動いた」と聞いた。「わしはお前を皆実高校の検診に連れて行ってるだろ。この間、高校生の口の中がきれいになったと思わんか。広大の歯学部が出来たからだ」との答えだった。高木は儲けるために歯医者をしているのではなく、高校生の口の中をきれいにするために歯医者をしているのだ。高木から、歯医者は国民の口の中をきれいにするのが仕事だと教えられた。財を残すは下、名を残すは中、人を残すは上と言う。孔子の言葉らしいが、高木は渡邊を歯科医師として残してくれた。人を残すということは、こういうことなのだろう。

 さて、「一生自分の歯で食べる」ためには、歯医者が歯を抜かなければよい。しかし、歯グキを腫らしたり、痛みが出たり、不快だったら抜かざるをえない。歯が抜かれる原因は歯周病とムシ歯だ。ムシ歯はフッ素入り歯磨き剤が普及したおかげでどんどん減っている。これからは歯周病対策である。

 歯周病の原因は歯垢で、歯垢がたまっている所は歯と歯の間、炎症がはじめて起こるのも歯と歯の間である。だから、歯ブラシの毛先を歯と歯の間に入れて掃除をすればよい。そうすると、歯グキからの出血はなくなり、歯の動揺は止まり、口臭はなくなる。また、歯グキの腫れもなくなり、歯石もつかなくなる。この歯磨き方法を広げていけば、一生自分の歯で食べられる社会に一歩近づく。次の問題はどうやって広げるかである。

 歯磨き方法に名前を付けることになった。最初は、「歯間部清掃法岡大式」とした。しかし、名前が長すぎる。また、岡大式では、他所の大学はやってくれないだろう。その抵抗をなくすために考え付いた名前が「つまようじ法」である=図参照

 この方法を世間に広めるために考えたのが、殺菌剤の入った軟膏をまず歯グキに塗り、一列の歯ブラシでそれを歯と歯の間に押し込む商品である。イラン・イラク戦争が勃発し、日本がモスクワオリンピックをボイコットした年である。毛先を歯と歯の間に押し込んでくれたら、歯科医に行かなくても歯周病の予防ができると考えた。この商品、ほとんど売れなかったようで今は見ることがないが、一列歯ブラシだけはまだ手に入れることができる。

 岡大予防歯科へ1カ月通院し、歯の動揺が治って、漬物でも何でも噛かめるようになったことに感激し、「私にお手伝いできることはないか」と教授室を訪ねてきてくれた人がいた。株式会社プロツアー・スポーツ会長の草野靖彦である。「つまようじ法」を世界中に広めたい、そのためには歯科衛生士の協力が必要だ。草野はPMJという会社を設立、歯科衛生士を集めて「つまようじ法」のエキスパートにし、普及活動をすることになった。歯ブラシを売って経営資金にすることになったが、一列歯ブラシは既に実用新案が出されてあったので新しい歯ブラシを開発することにした。歯と歯の間が掃除しやすく、ブラッシングして気持ちがよく、歯ブラシが長持ちし、素材もお客さんが満足するものを目指し、何度も何度も試行錯誤した結果、「つまようじ法」用歯ブラシとしてPMJ V―7が生まれた。リクルート事件のころである。あれからすでに四半世紀が過ぎた。今でも、思いは一生自分の歯で食べられる社会。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年07月02日 更新)

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