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(3)リハエンジニア 工学で社会復帰後押し

患者の圧力計測をする谷本さん(左)。データを基に床ずれしにくい車椅子のクッションを選ぶ=吉備高原医療リハビリテーションセンター

 「お尻の圧力計測を始めます。患者さんを移動させてください」

 事故などによる脊髄損傷の入院患者が多い吉備高原医療リハビリテーションセンター(岡山県吉備中央町吉川)。医用工学研究室のリハビリテーションエンジニア・谷本義雄さん(50)が看護師らに声をかけ、「褥瘡(じょくそう=床ずれ)予防圧力評価システム」を操作する。

 車椅子に敷いた計測装置に患者が座ると、パソコンにカラフルな表示が浮かび上がった。赤い部分は骨が突出し、座ると圧力が高くなり、床ずれが起きやすい。患者は計測データを基に、長時間座っても床ずれしにくい車椅子のクッションを選ぶことができる。

 「リハエンジニア」―。公的資格ではないが、社会・職場復帰に向けたリハビリを工学的見地から支援する技術職で、研究室には5人が在籍する。

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 谷本さんは1986年に岡山大大学院工学研究科を修了し、精密機器大手・キヤノンで医療用プリンター開発などに携わった。2年後、家庭の事情で故郷・岡山へ戻る際、大学の恩師に紹介されたのが、開院間もないセンターだった。

 福祉優先の理念に基づき、県が整備に注力した吉備高原都市の拠点施設。だが、配属当初は「院内での“仕事探し”から始まった」と言い、職員用の図書管理や看護師の勤務表作りのシステム構築に追われた。

 最初の大きな仕事は90年ごろ着手した、車椅子から自動車へ患者が乗り移る訓練用の器具製作。その後、褥瘡予防圧力評価システム、あごで操作できるパソコン用マウスなどを手掛けた。

 若者が長期間の車椅子生活を強いられる姿を目にし、「長い人生の質の向上に携わりたい」と実感する谷本さん。98年に構築した脊髄損傷者の住宅改造を支援するシステムは、そんな思いを共有する研究員が全力を注いだ仕事だ。

 3次元アニメーション内で車椅子の患者を自由に移動させ、住宅のレイアウト変更などを提案。利用は100件を超え、多くの患者の社会復帰を後押ししてきた。

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 リハエンジニアの配置は病院の収入に直結しないため、全国的に数が減っているという。谷本さんたちも院内のコンピューターシステム管理など、機器開発以外の幅広い業務に携わる。

 しかし、独立行政法人・労働者健康福祉機構(川崎市)が運営する吉備高原医療リハビリテーションセンターの業務は、障害者の早期職場復帰に向けた研究など公的な色彩が濃い。「リハエンジニアがいるからこそ、医学と工学を融合した、より良い医療が実践できる」と徳弘昭博院長が言うように幹部の信頼も厚く、医用工学研究室スタッフの意識は高い。

 現在、新たに取り組んでいるのは、運動不足になりがちな車椅子患者向けのメタボリック症候群予防システム。「これまでのノウハウをフルに活用して…」。お披露目が近い研究の内容に話が及ぶと、谷本さんの口調は自然と熱を帯びていた。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年07月21日 更新)

タグ: 脳・神経

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