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(59) 認知症 慈圭病院 石津秀樹研究部長(58) 開発進む治療薬 病棟内に家と同じ環境

作業療法士の馬渡日出男さんが奏でるギターに合わせて患者が口を動かす。石津部長(左)も「流し」の訪問に付き添い、明るく声をかけてベッドを巡る

 ♪春が来た 春が来た どこに来た

 昼下がりの病棟に軽やかなギターの音色が響く。宙をさまよっていたお年寄りの目が吸い寄せられ、灯がともるように輝いた。自然に口が動き、メロディーがこぼれる。

 慈圭病院の認知症病棟を預かる石津は「一瞬で患者さんが落ち着きますね」と、ギターを抱えてベッドサイドを巡る作業療法士を見守る。認知症患者はすでに全国300万人を超えたと推計されている。50床の病棟は常に満床状態が続く。

 認知症は中核症状としての記憶障害や「いつ」「どこ」「誰」といった状況が分からなくなる見当識障害に加え、患者によって、抑うつや妄想、意識が混濁して興奮するせん妄など多様な周辺症状が現れる。石津の元には疲れ果てた家族や介護者が次々に訪れる。

 近年、治療薬の開発が進み、1999年にドネペジル(アリセプト)が発売された。一昨年、リバスチグミンとガランタミン(レミニール)も登場し、選択肢が広がった。

 3剤はいずれも記憶や学習にかかわる神経伝達物質アセチルコリンの分解を防ぎ、症状の進行を抑える。「洗濯物を畳めるようになったり日常生活が改善する人もいるが、全員に効くわけではない。かえって興奮が強くなる人もいる」。石津は慎重に経過を確認しながら処方する。

 貼り薬のリバスチグミンは血中濃度を一定に保ち、副作用を軽減する利点がある。石津は「パッチを貼る介護者が愛情をこめてボディータッチすれば、患者さんに安心感が生まれる」と説く。ガランタミンは周辺症状に対しても有効例がある。

 この3剤とは作用機序が異なるメマンチン(メマリー)も発売され、併用もできる。

 薬で進行を抑えている間に、周囲の支援をどう生かして介護するか学んでもらう。記憶は失われても感情は残る。「もともとの夫婦、家族関係が大切」とアドバイスする。

 患者はやがて食べられない、寝たきり状態になる。点滴も入らなくなると、家族は選択を迫られる。胃壁に穴をあける胃瘻(いろう)や太い静脈に管を留置するIVH(中心静脈栄養)などの延命措置もある。どういう姿で最期を迎えるべきか、終末期医療に正解はない。

 「家族が納得してみとる状況をつくるのが大事」と考える石津は、病棟内に患者と家族が一緒に過ごす部屋を用意した。風呂やベッドもあり、家と同じ環境で残された時間を共にすることができる。

 「原因が分からない精神・神経疾患を解明したい」と志し、岡山大病院では精神科に勤務しながら病理解剖資格を取得。患者は少ないが、人格が変わったかのような行動が現れるピック病(前頭側頭型認知症)の脳標本を電子顕微鏡で観察し、異常を起こすタンパク質の正体を見定めようと打ち込んだ。

 慈圭病院では来年秋の完成を目指して新病棟の建設が進む。認知症病棟は病床がほぼ倍増し、個室を増やしてせん妄やみとりへの対応を充実させる計画だ。細胞を観察する冷徹な目と患者を見守る温かな目を兼ね備えた石津の新たな実践が始まる。(敬称略)

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 いしづ・ひでき 山口県立下関西高、岡山大医学部卒。岡山赤十字病院、慈圭病院に勤務後、岡山大病院精神科神経科助手兼任講師。1998年から慈圭病院研究部長。日本精神神経学会専門医、日本認知症学会指導医・評議委員。ストレス解消法はゴルフ。

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 四大認知症 神経細胞が変性するアルツハイマー病、レビー小体型、前頭側頭型と、脳梗塞や脳出血が原因になる脳血管性の 四つの疾患で認知症の大半を占める。変性を引き起こすタンパク質の違いや損傷される 脳の部位によって症状が異なる。アルツハイマー病が最も多いが、近年、レビー小体型も増加している。

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 外来 石津部長の外来診察は毎週水曜日(もの忘れ外来)。県認知症疾患医療センターに指定されており、相談・予約が必要。

慈圭病院

岡山市南区浦安本町100の2

電話 086―262―1191

ホームページ http://www.zikei.or.jp/
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年04月08日 更新)

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