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増える在宅の重症児 深まる家族の絆、介護負担は重く

人工呼吸器などの医療機器をつけて自宅で暮らす女児。多指症の手を母親はいとおしそうになでる=倉敷市

わたべ・しんいち 山口大卒。広島大病院などを経て1992年、倉敷中央病院小児科。2008年から現職。51歳。

訪問診療する中川医師(右端)

 気管を切開して人工呼吸器をつける。鼻から胃腸に入れたチューブで食事代わりの栄養剤を補給する。そうした病院並みの医療的ケアを受けながら家で過ごす子どもが増えている。医療技術が進歩し、かつては助からなかった重い病や小さく生まれた赤ちゃんの命も救えるようになったことが背景にある。

 誕生したわが子が退院して家に帰ることは多くの親にとって願いのはずだ。だが、訪問看護やヘルパーなどの体制が整ってきた高齢者に比べると、重症児の在宅医療への支援はまだ乏しい。介護する家族の負担は肉体的にも精神的にも重い。その不安から退院をためらう親もいるという。

 国もようやく対策に乗り出した。昨年度、小児在宅医療のモデル事業を始め、初年度は岡山など8都県が地域の医療・福祉資源の把握などに取り組んだ。

 せっかく助かった命を安心して育むには何が必要か。岡山県内の患者家族や医師を取材した。

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 気管を切開してつけたカニューレという管は人工呼吸器へつながる。鼻から入れたチューブで腸へ栄養剤を送るポンプ、呼吸状態と心拍数を示すモニター、たんの吸引器もある。枕元に並ぶ医療機器は女児(7)=倉敷市=の命綱だ。

 家族が集う自宅1階のリビング。寝たきりの女児は話し掛けても返事はない。だが、わずかに頬が緩む。日々接する家族には分かる。中学1年の姉も小学4年の兄も外から帰ると、まず妹の顔を見に来る。ともに暮らす時間は家族の絆を深めた。

 女児は小学2年生。今は夏休みだが、普段は週3日、特別支援学校の教師に来てもらい指導を受ける。「ここまで成長するとは…。この子はわが家の中心なんです」。母親(48)が感慨深げに振り返った。

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 18トリソミー―。聞き慣れない病名を医師から告げられたのは出産の2週間後だった。

 18番染色体が通常より1本多く3本あり、成長の遅れや先天的異常が起きる。3500〜8500人に1人と比較的多い染色体異常で、海外の調査では1年生存率は5〜10%とされる。

 女児は予定を10日過ぎて生まれたのに2230グラムの低出生体重児で、左手は指が6本ある多指症だった。間もなく無呼吸発作を起こし、自宅近くの産科医院から倉敷中央病院(倉敷市美和)の総合周産期母子医療センターへ救急搬送され、心臓にも異常が見つかった。

 予後不良とされる18トリソミーも近年、積極的治療が広まってきた。女児は新生児集中治療室(NICU)で治療を受け、退院を勧められるまで状態が安定した。在宅療養は不安だった母親も「短命かもしれないからこそ家に連れて帰りたい」と考えるようになり、生後2カ月で退院した。

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 女児のように重い知的障害と身体障害がある在宅の重症心身障害児・者は岡山県内に634人(2011年度末)。ここ10年で5割増えた。

 「病院では看護師がしてくれた人工呼吸器の世話もたんの吸引も家だと家族がしなければならない。まして重症児は体調を崩しやすく、不安は大きい」。県重症心身障害児(者)を守る会長の佐藤恵美子さん(74)=岡山市=は在宅へ移行する親からよく相談を受けるという。

 女児は自宅に帰った後も入退院を繰り返した。特に1歳4カ月の時には重い脳炎を患い、人工呼吸器をつけた。

 栄養剤の注入は急だと体が受け付けないため1日5回に分け、1回に1時間半もかける。体調が悪いと、たんの吸引が頻繁に必要で、介護する側は夜寝る間もない。さらに、多くの医療機器をつけ週1回は通院する。その大半を母親が担う。会社員の夫(53)も手伝うが、安心して目を離せるのは訪問看護師が来る週3日、1時間半ずつだけ。その間に急いで買い物や用事を済ませる。

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 「安心して預けられる所が少ない」のが母親の悩み。重症児の短期入所施設は倉敷市内で倉敷中央病院の1床しかなく、利用できたのは7年余で1回。日中預かりなどの障害者福祉サービスも人工呼吸器をつけていると「何かあったら困る」と利用を断られることが多い。昨年春亡くなった母親の母の通夜には家族で駆け付けたが、翌日の葬儀は女児の体調を考え参列を諦めた。

 介護負担は重い。その分教わったことも多いと母親は感じている。

 「障害のある子を授かり、最初はショックだった。でも、今はいろんな子がいて当たり前だと思える。できるだけ長く一緒に暮らしたい。だから、助けがほしいんです」


介護者に休息必要 福祉サービス環境整備を


 医療的ケアを受けながら家で過ごす子どもや家族を支えるのに何が必要か。岡山県の小児在宅医療連携拠点事業で昨年度行ったアンケートの結果を踏まえ、倉敷中央病院の渡部晋一・総合周産期母子医療センター主任部長に課題を聞いた。

  ―在宅の重症児が増えているのはなぜか。

 一つは18トリソミーのように以前なら助からなかった赤ちゃんを医療の進歩で救えるようになった。もう一つはNICUの病床確保のため、国が病院から在宅への移行を進めている。

 倉敷中央病院も21床のNICUのうち2床は急患に備え空けている。そのため、体調が安定した子どもは後方支援のGCU(回復治療室)や慢性呼吸管理病床に移す。そこで両親にケアを指導し、外出や外泊も経験してもらい退院を目指す。人工呼吸器などの医療的ケアが必要な状態で退院した子どもは最近20年足らずで79人いる。

  ―こうした子どもの行き先は重症心身障害児(者)の入所施設もある。だが、県内の3施設はいずれも満員で入所待ちが多い。小児科病棟を持つ県内の13病院へのアンケートでは、6カ月を超す長期入院児23人のうち7人について退院できない理由に「施設入所を待っている」を挙げていた。

 入院が長引いて一緒に暮らさないと、親がわが子を受け入れられなくなるなど親子関係や子どもの発達にも悪影響を及ぼすという問題もある。やはり助かった子どもは家に帰したい。

  ―しかし、在宅療養への支援は乏しい。県内の訪問看護ステーションへのアンケート(回答率60%)によると、重症児を受け入れていたのは36%の18カ所、ヘルパー事業所(同41%)も36%の36カ所にとどまった。依頼のない事業所もあるが、訪問看護のうち6カ所は「新生児は経験がない」などの理由で受け入れを断っていた。

 確かに福祉サービスの充実が必要だ。家族の要望が多いのは、特に介護者のレスパイト(休息)を兼ねた短期入所や日中の一時預かり。365日休みなしの介護だと家族はもたない。1カ月に1週間程度は子どもを預けて休息できるように環境を整えるべきだ。

 こうした福祉サービスの情報収集や申し込みを家族自らがしなければいけないことも負担になっている。高齢者が介護保険のサービスを利用する場合ならケアマネジャーがしてくれる。重症児も調整役が必要だ。

 また、特別支援学校による訪問教育を除けば、こうした子どもは教育を受ける機会も乏しい。医療と教育の連携も課題だろう。

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 小児在宅医療連携拠点事業 NICUに長期入院するなど医療ニーズの高い子どもが退院後、在宅で安心して療養できる体制づくりを目指し国が昨年度から実施。初年度は埼玉、長野、岡山など8都県が、行政、医療・福祉関係者の協議▽地域の医療・福祉資源の把握―などに取り組んだ。岡山県事業は社会福祉法人旭川荘(岡山市北区祇園)が委託を受けた。

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訪問特化の小児科医 倉敷、体調急変の不安軽減



 子どもが家で医療的ケアを受ける家族にとって大きな不安は体調が急変したとき。病院に行くべきかどうか迷う。医療機器をつけていると日ごろの通院も大変だ。その不安や負担を軽くするのが医師の訪問診療。倉敷市大島、つばさクリニックの中川ふみ医師(36)は全国でも数少ないという訪問専門の小児科医として在宅療養を支えている。

 もともとは鳥取大病院のNICUの医師で、子どもの体調が安定しても退院できないケースを何度も見てきた。転機は倉敷中央病院へ移った2012年。大学の同級生で内科医の中村幸伸院長(37)が訪問に特化したクリニックを開業していることを知った。

 「訪問診療があればNICUの子どもも家に帰りやすい」。昨年から非常勤医になり週2日診療。今年4月には常勤に転じた。今月開院したつばさクリニック岡山(岡山市北区奉還町)の院長も務めている。

 現在の小児科の担当患者は12人。月2回程度、定期的に訪問するほか、同僚医師と協力し24時間体制で電話相談や往診に応じる。つばさクリニックは「家で最期を」と家族が望む入院患者も退院から支援し、これまでに5人の子どもを家でみとった。

 担当患者の女性(14)=倉敷市=は5歳の時、麻疹ウイルスによる難病の亜急性硬化性全脳炎に感染して寝たきりに。3年半の入院後、家に帰った。入院中も付き添った母親(48)は「家にいる妹のことも考え退院したが、体調がいつ急変するか分からず不安だった。今はいつでも相談でき、日々の暮らしまで余裕ができた」と喜ぶ。

 中川医師は「子どもにとって家で過ごす意義は大人以上に大きい。病院だと厳しい顔をしていたのが、リラックスして表情豊かになる。穏やかに暮らす助けになりたい」と話している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年08月03日 更新)

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