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安易な119番 業務を圧迫 出動総件数増加の一途 ほぼ半数「軽症」

救急車内で処置に追われる救急隊員。増加する軽症者の搬送が救急業務を圧迫している=岡山市

 安易な一一九番に救急搬送の現場が悲鳴を上げている。救急車の出動要請が増加する中、岡山県内では入院の必要がない「軽症」のケースがほぼ半数を占め、重症者の搬送という本来の業務に支障を来している。タクシー代わりに呼びつける悪質な“常習者”もおり、利用者のモラルが問われている。九日は救急の日―。

 九月上旬の倉敷市。一一九番で高齢女性宅に急行した救急隊員は目前の光景に言葉を失った。「きょう、入院する予定なんです。病院までよろしく」。玄関先で深々と頭を下げるのは通報してきた女性自身。悪びれる様子もなく、着替えなどを詰め込んだバッグを抱えていた。

 「救急車を完全にタクシー扱い。緊急時に呼ぶものという認識がまったくなかった」。同市消防局幹部はため息をつく。


過去に逮捕も

 救急出動件数増加の背景には、一人暮らしの高齢者の増加▽利用者の権利意識の高まりとモラル低下▽救急車が必要かどうかの判断がつかない―といった点が指摘されている。

 県消防保安課によると、二〇〇六年の県内での出動件数は七万千七百十六件。ペースは鈍ったが、十年間で約一・六五倍に増加した。搬送者六万九千四十六人のうち、約48%を占めたのが病気やけがの程度が軽いケース。過去には、病院で暖をとるために延べ二十回以上も救急車を呼んだ男が逮捕された事例もある。

 懸念されるのが本来の業務への影響だ。岡山市消防局では昨年の搬送者(二万三千五百三十三人)のうち、54%が軽症者。パンク状態とされる出動要請に応えるため、救急車を増やして対応するが、到着までの平均時間は全国の六・四分に対し、六・七分と遅れている。不必要な出動が増えれば本当の緊急時に現場到着が遅れ、救命率低下につながる。

 「救急現場は非常に厳しい状況にある」。同市消防局の長瀬正典警防課長は危機感を募らせる。


東京では選別

 消防法が定める緊急性のある患者について明確な基準はない。一一九番があれば、原則、現場に急行して病院へ搬送し、緊急性がない場合であっても通報者に罰則はない。

 こうした中、対策に乗り出す動きもある。東京消防庁では六月から救急搬送が必要かどうかを現場で判別する「トリアージ(選別)」の試行運用を始めた。救急隊員に判別シートを持たせ、チェック項目に該当しない患者であれば、その場で民間搬送を紹介する。各自治体が負担し、無料の救急出動費用の有料化を検討するところもある。「悪質一一九番への抑止力」に期待してのものだ。

 県内ではまだ思い切った対策はとられておらず、適正な利用を呼び掛けるしかないのが実情だ。岡山大大学院医歯薬学総合研究科の氏家良人教授(救急医学)は「(緊急性のない)病院間の移動に伴う転院搬送も全体の15%を占める。救急搬送について一般市民と同様、医療関係者も意識を改める必要がある」と指摘する。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2007年09月08日 更新)

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