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認知症高齢者 運転やめさせるには? 決め手なく悩む家族 代わりの“足”確保を

認知症の父親が“運転”できるよう息子が自宅庭に置いている廃車=真庭市

 認知症のお年寄りにどうしたら車の運転をやめさせられるのか? 介護する家族が悩んでいる。説得しても聞き入れられず、車を隠したり処分して反発を招くケースもある。倉敷市の山陽自動車道では昨年十一月、認知症の七十代男性の軽乗用車が逆走、避けようとしたワゴン車が横転し、七人が重軽傷を負う事故も起きた。「他人事でない」と、不安を募らせる家族らを追った。

 「車をどこにやった」。井原市に住む四十代の女性は二〇〇三年夏、血相を変えた父親に詰め寄られた。アルツハイマー病と診断された八十代の父親の愛車を、近所の姉に預けた後。「温厚な父がこんなに怒ったのは初めて」。女性は戸惑った。

 父親は七十歳まで四十年以上、バスなどの運転手を務めた。退職後もマイカーをいつもきれいに磨いていた。家族が認知症に気付いたのも、ガソリン代わりに水を“給油”したのがきっかけだった。

 女性は「車は修理に出した」となだめ、父親の気を紛らすため休日は姉と交代でドライブに連れ出した。だが、父親は「車を取り上げられたら死ぬのと同じ」と言い、鍵を探し回る。一年余り後、症状が進み一時入院。「やっと車から離れられた」という。

周囲とトラブルに

 真庭市の四十代の男性は二〇〇一年、七十代の父親がアルツハイマー病と分かった後、勝手に車を運転しないよう鍵を隠し、バッテリーのケーブルまで外した。ただ、交通の便が悪い山あいの暮らしに車は欠かせない。父親は〇三年に愛車を処分するまで、家族に同乗してもらい運転を続けた。

 物忘れがもとで周囲とトラブルになった父親がパニック状態で車に乗り飛び出したこともある。「自分が事故でけがをするのは仕方ないが、ひき逃げでも起こしたら…」。翌朝見つかるまで家族は眠れぬ夜を過ごした。

 男性は今、廃車を自宅庭に置いている。父親は時折、その運転席に座り“ドライブ”を楽しんでいるという。「運転をやめさせる決め手はない。特に認知症初期は大変」。男性は振り返る。

 対応が難しい理由を「本人は能力が落ちている自覚がないため」と語るのは認知症専門の岡山ひだまりの里病院(岡山市北浦)の藤田文博院長。特に、認知症患者は子どもが道路に飛び出した場合など、とっさの対応に不安があるという。

 だが、ハンドルを握らないよう指導しても、マイカーで通院する患者もいる。「ドクターストップも効かない。いっそ運転免許を交付しない方がいいのでは」と語る。

 実は、認知症は既に免許の取り消し、停止の理由になっている。だが、岡山県内の場合、取り消しは一昨年、昨年とも一件だけ。「家族らの相談が少ないのに加え、認知症かどうかの判断が難しい」と県警運転免許課。昨年六月成立した改正道路交通法では二年以内に、七十五歳以上の免許更新時に認知機能検査を義務づけ、更新の可否を判断することになったが、効果は未知数だ。

社会の支援必要

 免許を取り上げるだけでは新たな問題を生む恐れもある。「今や高齢者世帯の半数は独居か、夫婦二人暮らし。限界集落などで運転ができなくなると病院にも買い物にも行けず孤立する」。認知症の人と家族の会岡山県支部の妻井令三代表はこう指摘し、代わりの“足”の確保を訴える。

 その試みを始めた自治体もある。富山市は二〇〇六年度から免許を自主返納した高齢者に二万円相当の公共交通機関の乗車券などを配布。返納者が従来の十倍以上に増えた。企業による支援もあり、大川バス(さぬき市)は昨春から返納証明書を示した六十歳以上の乗客の路線バス運賃を半額に割り引いている。

 認知症の運転免許保有者は全国で三十万人以上とみられている。家族任せだけにできる問題でない。妻井代表は言う。「弱者が暮らしやすい町づくりにつながる問題。社会的サポートが必要だ」


ズーム

 認知症による運転免許の取り消し・停止 家族の相談や交通事故などで免許保有者に認知症の疑いがあると分かった場合、都道府県公安委員会が医師の診断書や臨時適性検査をもとに認知症か否かを判断し処分を行う。6カ月以内に回復の見込みがあれば停止、なければ取り消しとなる。他に、身体機能の低下で運転に不安を感じた人が免許を自主返納する制度もある。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2008年01月09日 更新)

タグ: 健康高齢者

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