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恩賜財団済生会・炭谷茂理事長に聞く 切れ目ない医療・福祉提供を

炭谷茂理事長

 社会福祉法人・恩賜財団済生会は、全国40都道府県で医療・福祉事業を展開する日本最大の民間非営利団体だ。岡山支部である岡山県済生会は、瀬戸内海の離島を巡回する日本唯一の診療船「済生丸」の事業を担うなど、済生会の中でも地域活動で重要な役割を果たしている。今年4月、岡山市で初開催された「済生会フェア」で講演するために来訪した炭谷茂済生会理事長に、現在の社会課題に対する済生会の取り組みや、岡山での今後の事業展開の方向性などを尋ねた。

 ―済生会創立以来の理念として「地域のいのちを守る」ことを掲げておられます。

 「済生丸」は1962年、当時岡山済生会総合病院院長だった大和人士先生の提案で建造されました。済生丸の事業のように、医療や福祉サービスに恵まれない人に対して支援するという済生会の精神は、今も変わりません。済生会全体からすれば、そのための事業費はわずかな割合です。しかし、それが光り輝く。組織的、全国的にこの事業をやっている団体は私たちだけです。

 現在、社会は激変し、医療や福祉のニーズも大きく変わっています。済生会にも時代の変化に応じた新しい役割が必要です。精神は変わらなくても、どういう風に行動していくか考えないといけません。

 ―団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」への対応が求められていますね。

 一つは少子超高齢社会の到来です。高齢者の介護問題が深刻になり、人口減少で人手不足が起きています。二つ目は家族や親族を単位とした地域社会の基盤が弱まり、相互に助け合う機能が失われつつあります。病院で治療した患者さんが家に帰っても、一人暮らしだったり、家族が老いた配偶者だけだったりして面倒をみきれない。病院がその人の生活、人生全体をみることが求められる時代になりました。

 もともと病院はそういう機能を持っていました。黒澤明監督の映画「赤ひげ」に見られるように、医師はまさに生活全般の面倒をみていました。現代の病院には再び“赤ひげ先生”が必要になってきています。

 三つ目は所得格差の拡大です。岡山もそうでしょうが、低所得者が増えています。私は「新しい貧困」と名付けています。社会保障がうまく機能せず、特に非正規雇用の人などは、高齢になっても年金だけでは暮らせない状態です。もう一つ、情報化社会の問題があります。生活が便利になる一方で、人と人との関係がデジタルだけで完結する社会になっています。

 ―岡山県済生会は総合病院を核として、健診センター、老人ホーム、看護学校などさまざまな事業を行っています。これらの事業をどう生かしていくお考えですか。

 岡山は明治以来、福祉のパイオニアでした。孤児救済にまい進した石井十次、「救世軍」に身をささげた山室軍平、法を犯した少年や元受刑者の更生に尽くした留岡幸助らを輩出し、社会のニーズに取り組む精神が今も脈々と生きていると思います。

 岡山県済生会は全国の済生会の中でも大変多くの事業拠点を持っています。大和先生に先見の明があったのでしょう。種類の豊富な事業をうまくつないでいけば、現在の四つの課題にも対応できるはずです。

 ―国は住み慣れた地域で暮らす「地域包括ケア」の方向へ、医療・福祉を誘導しようとしています。

 岡山済生会総合病院にも今年9月、地域包括ケア病棟ができます。ヨーロッパでは切れ目のない医療・福祉サービスを提供するのが当たり前です。日本はずっと病院や福祉施設が縦割りだったので、あえて地域包括ケアと言わざるを得ない状況です。

 済生会は、地域包括ケアという言葉を使わなくても、これまでいろいろな施設が互いに切れ目のない医療・福祉サービスをやってきました。今後、さらに意識的に、もっと役割を明確にして地域包括ケアに取り組みたいと思います。

 ―人生の最期をどう過ごすのか、あらかじめ患者と医療・福祉関係者が話し合っておくACP(アドバンス・ケア・プランニング)が課題になっています。済生会にも、患者との橋渡しをする役割が期待されるのではないでしょうか。

 これからどんどん終末期の患者さんが増えてきます。自分の命と死について、一人一人が正面から考えないといけない時代になりました。その人がACPを判断するために、ちゃんと緩和ケアが行われる医療施設を用意し、体制を整えていくことがわれわれの責務だと思います。治療の予後や苦痛はどうなるのか、十分な教育も必要です。済生会のやるべきことがたくさんあります。

 本年度から始まった中期事業計画で「済生会の新たなる挑戦」を掲げました。社会が大きく変化する中、誰もやらないところは済生会がやっていこうじゃないか。現状維持では使命が果たせない。日本の最終ラインを守るという気概を持って臨む決意です。

 すみたに・しげる 1946年富山県生まれ。東京大学法学部卒。厚生省に入省。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務める。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)、「社会福祉の原理と課題」など多数。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年06月18日 更新)

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