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緊急リポート―高松・受精卵取り違え <上> タブー 1つの台に複数の容器

受精卵取り違えで会見する川田医師=20日、高松市・香川県庁

 「気のゆるみと言われたらそれまでだが、(安全管理に対する)厳しさが足りなかったということです」

 香川県立中央病院(高松市番町)が、受精卵取り違えの疑念から20代女性が人工妊娠中絶した事実を発表した翌20日夜の記者会見。担当の川田清弥医師(61)は、受精卵管理では「タブー」とされる1つの作業台に2組の夫婦の受精卵培養容器(シャーレ)を置いた理由を、こう振り返った。

1人で担当

 体外受精は、採取した精子と卵子をシャーレの中で結合させることで複数の受精卵をつくる。その後成熟した中から状態が良いものを選んで子宮に戻す。

 川田医師が取り違えたとされるのは昨年9月中旬。最初に別夫婦の受精卵の成熟具合を確かめ、当日移植用と後日移植用の計2個のシャーレに移し替えて保管庫に入れた。

 次に行ったのが20代女性の受精卵の確認。作業台には捨てるはずの受精卵を入れた別夫婦のシャーレ1個が、名前を記したふたを外し誰のものか識別できない状態で置かれていた。このため、別夫婦の受精卵を20代女性のものと思い込み子宮に戻したという。

 院内のチェック態勢不備もミスを生んだ。病院は、川田医師と臨床検査技師ら計5人でチームを編成していたが、この日は勤務の都合などで川田医師1人が担当していた。

 院内マニュアルはあったが、取り違え防止などの安全管理に関する項目はなかった。

大きな波紋

 香川県を代表する医療機関で露呈した安全対策のずさんさは、不妊治療の専門医らに大きな波紋を広げた。

 日本生殖医学会倫理委員長の石原理・埼玉医科大教授は「同一の場所で2組以上の受精卵を扱わないことは、体外受精の基本」と指摘する。

 不妊治療の安全管理に関する全国調査を行った福岡市の蔵本ウイメンズクリニックによると、49%の施設が取り違えなどの事故を身近に感じた、との結果に。担当の福田貴美子看護師長は「今回のケースを医師個人や一施設の問題にせず、取り違えなどの防止へ、生殖医療の実施施設全体で共有する必要がある」と強調する。

 厚生労働省は事態を受け、全国の不妊治療施設に対し、複数の医師らが確認するダブルチェック徹底を求める方針を固めた。

 国内での体外受精は東北大病院が1983年に初めて成功。実施例は増え続け、不妊治療施設は全国に約610(昨年3月末現在)。年間新生児の55人に1人が体外受精児と言われる。

“最後の砦”

 川田医師は東北大病院の実施から10年後の93年、香川県立中央病院で体外受精を開始。約1000例を手がけ、地域の患者からは不妊治療の“最後の砦(とりで)”と言われてきた。川田医師の元で治療を受けていた30代女性=高松市=は「良い意味で真剣に受精卵のことを考えてきた先生なんです」と、複雑な心境を明かした。

 自身の過失に対する後悔、20代女性への申し訳なさ…。20日夜の会見で川田医師はさまざまな思いが交錯するのか、何度も目を閉じ、語った。

 「技術に目が向きすぎていた。遅きに失したが、安全に一層の力を注ぎたい」

   ◇   ◇   ◇

 別夫婦の受精卵を移植されたとして20代女性が人工妊娠中絶した香川県立中央病院の受精卵取り違え問題は、国内の関係者に衝撃を与えた。生命の誕生に携わる生殖医療医はなぜ誤りを犯したのか。課題を検証する。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年02月27日 更新)

タグ: 女性お産

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