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緊急リポート―高松・受精卵取り違え <下> 説明不足 鑑定法、倫理規定告げず

倫理規定に反した体外受精が23人に行われていたと発表する松本祐蔵院長(左)=25日、香川県庁

 「100パーセント、私の子ではないのですか」

 香川県立中央病院(高松市番町)で別夫婦のものと思われる受精卵を移植され妊娠した20代女性は、担当医の川田清弥医師(61)ら病院側から謝罪を受けた時、そう言って涙を流した。女性が下した結論は人工中絶だった。

手尽くさず

 受精卵を取り違えたとの確信を強めた後の川田医師ら病院側の女性への対応は、極めて不十分だった。それは、胎児との親子関係の鑑定法を十分に女性に情報提供していなかったことだ。

 鑑定法は2種類ある。妊娠15週ごろに母体内の羊水を取り出し胎児の細胞を調べる羊水検査と、妊娠10週前後に胎盤の一部を採取して確かめる絨毛(じゅうもう)検査で、いずれも胎児の遺伝病の有無を調べるのが本来の目的。

 取り違えを伝えた時、20代女性は妊娠9週ごろで、絨毛検査は可能とされる時期だった。しかし、病院は羊水検査は示したものの、絨毛検査は「国内では(ほとんど)実施されておらず危険」(川田医師)との理由で紹介しなかった。

 生命倫理に詳しい米本昌平東京大特任教授は「患者が選択を委ねられたらできるだけ正確な情報を得たいと思うはず」とし、親子関係の確認に手を尽くさなかったのは不十分な対応と指摘する。

23人に実施

 川田医師による情報提供の不備は、もう1つ明らかになった。

 多胎を防ぐ趣旨で日本産科婦人科学会は2008年4月、「移植する受精卵は原則1個」とする新しい倫理規定を設けたが、川田医師はこれに反した体外受精を23人に実施。しかも、20代女性を含む全例でこの規定の存在を告げていなかった。

 インフォームドコンセント(十分な説明と同意)の過程では、「胚(はい)(受精卵)移植個数は、患者の希望などにより1個や2個、3個移植するかを決める」との改定前の倫理規定内容を示していた。

 川田医師も患者側も、多胎のリスクは承知していたという。ただ、新しい規定の存在が伝えられていれば、20代女性が複数個の受精卵移植を選ばなかった可能性は捨てきれない。

医師主導

 不妊治療をめぐる倫理規定がクローズアップされたのは、今回が初めてではない。日本産科婦人科学会が「第三者からの精子卵子の提供による体外受精を禁じる」とする中で、1997年、長野県のクリニックが妻の妹の卵子で体外受精し出産に成功させた。また、代理出産が明らかになるたびに、生命倫理の在り方が議論されている。

 岡山大大学院の粟屋剛教授(生命倫理学)は、倫理規定を患者に告げなかったのは不十分とした上で、「医療は患者のためにあるのであり、十分な説明を受けた上で患者が望めば、倫理規定だけに制約される必要はないのでは」と主張する。

 医療は長らく医師主導で進められ、パターナリズム(医師による押しつけ)と批判されることもあった。生殖技術や情報提供、倫理規定…。医療行為は誰のためにあるのか。香川県立中央病院での受精卵取り違え問題は臨床上の問題だけでなく、根源的な問いも突きつけている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年02月28日 更新)

タグ: 女性お産

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