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第12回 大腸がん おおもと病院 磯崎博司院長 粘膜内なら内視鏡手術 技術進歩で肛門機能温存

 いそざき・ひろし 岡山大医学部卒。大阪医科大助教授、岡山大病院中央手術部助教授などを経て、2010年2月から現職。1988年6月から約1年間、仏・パリ大の肝・胆道外科で肝移植を学んだ。

グラフ

図・表

 近年、患者が増加傾向にある大腸がん。おおもと病院(岡山市北区大元)の磯崎博司院長に成果を挙げている治療法や予後、早期発見のポイントなどについて聞いた。

―大腸がんは予後が良いとされています。

 早期発見できれば外科手術で根治を目指します。がんが粘膜内にとどまる場合はリンパ節への転移がほとんどなく、内視鏡手術だけで治療が終了します。

 切除法は、ポリープの根元を内視鏡の先端にあるスネア(ループ状の針金)でしばり、高周波電流で焼き切るポリペクトミー、平たんなポリープや腫瘍(しゅよう)では粘膜の下に生理食塩水を注入して病変を浮き上がらせ、ポリペクトミーの要領で切除する粘膜切除術(EMR)などがあります。

 最大約2センチの腫瘍までは切除できますが、それ以上は計画的に分割切除を行います。

 粘膜下層より深く浸潤していれば、開腹手術になります。画像診断や内視鏡の所見による深達度やリンパ節転移の状況から切除範囲を決めます。

 結腸がんはリンパ節も含めて切除します。結腸は半分程度の長さになっても機能は維持され、日常生活に問題ありません。腹腔鏡(ふっくうきょう)手術もできますが、これには熟練した技術が必要です。

 直腸の場合は事情が違います。肛門(こうもん)に近い直腸は骨盤の奥にあり、膀胱(ぼうこう)、前立腺などに囲まれています。

 以前は再発を防ぐため、自律神経の影響も考慮せずに直腸を切り取って人工肛門をつくる手術をし、性的な障害や膀胱機能が悪くなることがよくありました。現在ではがんの根治性に影響がない限り、人工肛門を避ける「肛門機能温存手術」が増えています。患者さんのQOL(生活の質)は格段に向上しています。

―肛門機能温存手術が増えたのはなぜでしょう。

 昔はがんの肛門側縁から4センチ以上離した位置で切除すべきと言われていましたが、今は病理学的裏付けにより、2センチ離れれば良いとされ、切除部位が少なくてすむようになりました。器械による縫い合わせの発達など技術の進歩も顕著で、肛門から数センチの部分で腸管をつなぐことも可能になっています。こうした状況が、肛門機能温存手術の増加を後押ししています。例えば、排便に重要な肛門括約筋にがんが浸潤していなければ、肛門括約筋を残します。超低位前方切除術という、肛門と大腸をつなぐ究極の手術法もあり、当院でも行っています。

 ただ、進行して膀胱や前立腺にがんが浸潤している場合は、骨盤内臓全摘という方法で、悪いところを全部取ってしまいます。人工肛門のほかに、尿を出すために小腸で膀胱の代わりをつくる必要があります。腹壁に二つ穴を開ける大手術ですが再発もなく、6年以上生存している人もいます。手術を受けた場合、術後3年間は3カ月に1回の定期検査が必要です。

―化学療法も飛躍的に進歩したと聞きます。

 ここ数年で劇的に変わりました。術後の再発予防を目的とする補助化学療法と、手術では完全には取り切れないがんに対する化学療法=グラフ参照=の2種類があります。

 補助化学療法はリンパ節転移のあるステージIII以上と、同IIでも再発の可能性が高い患者が対象です。切除不能や再発がんでは、治療をしないと生存期間が4〜6カ月程度ですが、化学療法を行うことで2年以上の生存が可能になっています。

 切除不能ながんにおける標準的な治療は、FOLFOX(フォルフォックス)、FOLFIRI(フォルフィリ)という投薬療法です。どちらも保険適用になりました。前者はオキサリプラチンとレボホリナートを2時間入れた後、フルオロウラシルを2日かけて投与します。後者はオキサリプラチンをイリノテカンに置き換えたものです。副作用に考慮しながら、交互に行います。

 さらに近年、両療法に、分子標的治療薬を組み合わせることで、より寿命が延びることが報告されています。腫瘍血管ができるのを抑制し、がんを小さくする抗腫瘍薬のベバシズマブと、細胞が増殖する時にスイッチとして働くタンパク質「EGFR」を攻撃するセツキシマブです。ただ、セツキシマブはEGFRが陽性で「Kras」という遺伝子に変異がない患者に限られます。

―大腸がんは自覚症状がないと聞きます。早期発見に大切なことはありますか。

 直腸、S状結腸がんを見つけるポイントは、血便です。便に血が混じっている時は医療機関での受診をお勧めします。また、自分でおなかの塊に触れ、がんが見つかるケースもあります。

 40代からは健康診断などで年1回は便潜血反応検査を受けてください。この検査で精密検査となった人の7〜8割は異常なし。残りの人にポリープやがんが見つかっています。

病のあらまし

 国の統計では、2008年の大腸がんによる死亡者数は4万3011人で、前年から1152人増えた。特に女性の増加が目立つ。罹患(りかん)率は50代から高くなり、加齢に比例する。大腸癌(がん)研究会の全国登録によると、発生部位は直腸約30%、S状結腸約30%、下行結腸約5%、横行結腸約12%、上行結腸約18%、盲腸など約5%=図参照。

 治療は外科手術が効果的。がんを切除すれば完治が期待できる。進行度により、内視鏡的治療、腹腔鏡手術、開腹手術、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療を選択する=表参照。

 直腸切断術の場合、人工肛門をつくる。腹部に開けた穴に、結腸の端をつなぐ。便の排せつ口(ストーマ)に袋(パウチ)を張り付け、便を集める。永久的な人工肛門をつくった患者には身体障害者手帳が交付され、福祉サービスの対象となる。

 化学療法で用いられる主な抗がん剤は1950年代に開発されたフルオロウラシル(製品名・5FU)、イリノテカン(同・カンプト、トポテシン)、オキサリプラチン(同・エルプラット)、カペシタビン(同・ゼローダ)。抗がん剤の副作用軽減や作用増強の補助薬として、ホリナート(同・ロイコボリン、ユーゼル)、レボホリナート(同・アイソボリン)などがある。

 化学療法はFOLFOX(フォルフォックス)、FOLFIRI(フォルフィリ)療法が2本柱。これに、2007年に発売された分子標的治療薬ベバシズマブ(製品名・アバスチン)や、08年発売のセツキシマブ(同・アービタックス)を併用する方法が普及しつつある。

 大腸がんの原因は動物性タンパク質や脂肪の摂取過多、食物繊維の摂取減少など食生活の欧米化が指摘される。予防には食物繊維の摂取や、規則正しい排便を心掛ける。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月05日 更新)

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