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(1)食道編・上 川崎医大総合外科学教授川崎医大川崎病院副院長 猶本良夫

【下部食道括約筋(LES)のゆるみ】年齢とともに、食道と胃のつなぎ目でバルブのような働きをしている筋肉である下部食道括約筋のしまりが悪くなり、胃酸が逆流しやすくなる

なおもと・よしお 津山高、山口大医学部卒。岡山大学病院消化管外科長、同大学院医歯薬学総合研究科准教授(消化器・腫瘍外科学)などを経て2010年から現職。食道外科専門医、医学博士、経営学博士。

 著名な人たちが食道の病気になられ関心が高まっています。知っておいた方がいい食道の一般的な病気について解説いたします。

逆流性食道炎
 逆流性食道炎(胃・食道逆流症=GERD)とは、胃液などの逆流による食道の炎症をいいます。胃液に含まれる胃酸は非常に強い酸性を示します。これが食道に逆流すると、食道の粘膜にただれや傷など炎症を引き起こします。食生活の欧米化、肥満、高齢、ストレスの増加などが原因となり、日本人に逆流性食道炎を患う人が増えています。“胸やけ”は最もよくみられる逆流性食道炎の症状で、みぞおちの辺りから胸の下の方へかけて、焼けつく、あるいは、熱くなるような不快感が出現します。のどの方まで上がってくる感じや、違和感を伴うなどの症状があります=イラスト参照。

 治療が必要とされるのは、(1)下部食道粘膜の酸消化性炎症(逆流性食道炎)(2)胸やけや呑酸どんさん(酸っぱい液体が口まで上がってきてゲップが出るという症状)などの不快な自覚症状があるもの(3)逆流によって誘発される食道以外の症状(耳の痛みなど)をもつもの―の三つの場合です。

 一方、強い症状があっても、内視鏡でただれなどの炎症がみられないケースもあります。この場合は非びらん性逆流症(NERD)と呼んで治療を必要とする場合があります。これは、肥満のない比較的若い女性に多いことがわかっています。これらの診断には、胃の内視鏡が必ず必要とされます。

 【原因】逆流症食道炎の主な原因は、胃液の逆流を防ぐ機能の低下です。食道と胃の境界部には、下部食道括約筋がはたらいて胃から食道への逆流を防いでいますが、この機能がさまざまな原因で低下してしまうのです。まず、加齢によって下部食道括約筋がゆるんでくることがあげられます。さらに、胸部と腹部の境をつくる横隔膜と呼ばれる筋肉も、加齢によりゆるんでくると、食道裂孔ヘルニアと呼ばれる状態になりやすくなります。

 食道裂孔ヘルニアとは、胃の一部が横隔膜からすべり出してしまい、胃と食道の境界線が胸の方に上がってしまうため、胃液が逆流しやすい状態になってしまうことです。逆流を防ぐ下部食道括約筋は、暴飲暴食をしたり、脂肪分の多い食事やアルコール飲料を飲むと、ゆるんでいる時間が長くなり、胃・食道逆流症を起こしやすくなります。また、肥満の人では食後の下部食道括約筋のゆるみが強く起こることがわかっており、より胃・食道逆流症を起こしやすくなります。

 【治療方法】内科的治療としては胃酸を抑えるプロトンポンプインヒビター(PPI)を内服します。また、必要があれば、運動機能改善薬や漢方薬も処方されます。生活習慣の改善も大切で、強い香辛料、その他にも、熱い食べ物、酸っぱい食べ物は胸焼けを起こしやすく、炭酸の取り過ぎも避けるべきであるとされています。その他にも脂っこい食事や甘い食べ物、カフェインもあまりよくないので取り過ぎには注意が必要です。また、暴飲暴食は胃液の分泌を増加してしまい、逆流しやすくなってしまうので注意が必要です。食べたい気持ちは分かりますが、腹八分目を心がけてください。

 外科治療としては、胃カメラなどでヘルニアがあり、内服では症状がどうしようもない場合、手術がよい場合があります。開腹手術もありますが、腹腔ふくくう鏡下の手術が発展してきました。

バレット食道
 バレット食道は、先に解説した逆流性食道炎が慢性的に続いた結果、正常な食道の粘膜(重層扁平へんぺい上皮)が脱落・再生を繰り返しながら円柱上皮(胃の粘膜)に置き換わってしまった状態で、放置すると食道がんに移行する可能性があり、欧米を中心に注目を集めている病気です。特に食道裂孔ヘルニアのある高齢の男性に多く起こるとされています。

 【治療方法】バレット食道は、食道がんの危険因子です。定期的な内視鏡検査を欠かさずに受けて、がんを早期発見することが不可欠です。早期発見なら内視鏡で粘膜を切除すれば完治します。内視鏡的治療は胃の粘膜に置き換わった部分を除去し、その後薬物を用いて強力に酸の逆流を抑えることにより扁平上皮を再生し、バレット食道を消失させる治療法です。内視鏡的治療の方法には、熱凝固法(電気凝固法・レーザー治療)、凍結療法などがありますが、日本においては十分なコンセンサスにはなっていません。もちろん、バレット食道がん=写真=と診断された場合は、第一選択は外科的切除術となります。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月05日 更新)

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