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(1)胚培養士 不妊夫婦 希望託され

クリーン培養室で体外受精の準備をする平田さん。不妊に悩む夫婦の希望を背負う=岡山二人クリニック

 顕微鏡などの精密機器が並ぶ小さな部屋。目に見えないちりが舞う周囲の空間から、しっかり遮断されている。大学の研究室のようなこの小部屋に、不妊に悩む夫婦が希望を託す。

 不妊治療専門の「岡山二人(ふたり)クリニック」(岡山市北区津高)にあるクリーン培養室。体外受精を主に担う「胚培養士」たちの仕事場だ。

 技術部チーフを務める平田麗さん(34)もその一人。岡山大農学部を卒業した2000年から勤務する。

 「赤ちゃんを抱くお母さんの顔を見ると、幸せな気分になる」。同クリニックは分娩ぶんべんを行わないため、平田さんが成果を実感できる機会は限られる。だが、毎年12月に催す餅つき大会では、赤ちゃん連れの夫婦を多数目にし、感慨に浸るという。

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 胚培養士の仕事は幅広い。朝一番の業務は、母体に戻す受精卵が入った「培養器」のチェック。1日平均2、3人の患者から採った卵子を特殊な液体で洗浄する作業や、卵子と精子を結び付ける前に行う卵子成熟判定などで午前の業務を終える。

 午後は主に体外受精の時間。精子と卵子をシャーレ内で自然に結び付ける「通常法」と、顕微鏡を使い、卵細胞に精子を直接入れる「顕微授精」の2種類がある。

 顕微授精は特に神経を使う。形態がよく、活発に動く精子を400倍に拡大して選び、貴重な卵子に注入するデリケートな作業。「卵細胞を覆う膜が薄く破れやすいこともあり、いっときも気が抜けない」という。

 培養室勤務のキャリアが2番目に長い平田さん。スタッフ6人による「受精率」が7割を下回らないよう気を配るのも大きな役割だ。同クリニックが扱う体外受精は年間800例に上るが、林伸旨院長は「全てに医師が関わるのは困難。彼女のように技量の高い専門スタッフが欠かせない」と言う。

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「生殖補助医療技術者」とも呼ばれる胚培養士。不妊治療の現場を実質的に支えているが、看護師のような国家資格ではない。日本哺乳ほにゅう動物卵子学会が医療機関での従事期間や専門知識の習得度などに基づき認定。ほぼ同じ職種だが、別学会の「臨床エンブリオロジスト」も含め、全国で約千人が活躍する。

 以前から多い臨床検査技師に加え、畜産分野が専門の農学部出身者が増加。不妊治療の体系的教育を受けないまま、現場で技術を高めているのが実情だ。こうした中、岡山大農学部は本年度、即戦力養成へ、胚培養士を育てる特別コースを全国に先駆けて新設した。

 平田さんも学生時代、体系的教育は受けていない。就職後「職務に精通したい」との一心から、同大大学院自然科学研究科で農生命科学を専攻し、12年に修士を取得。さらに博士後期課程で3年後の博士号を目指す。

 「高い受精率を保つことで、不妊に悩む人をもっと助けたい。そのためには専門知識や技術を高めなければ」。自らに目標を課し続ける。

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急速に進む高齢化に合わせ、増大する医療ニーズ。現場では医師や看護師に限らず、実にさまざまな職種のスタッフが従事する。高度先進化する医療をチームの一員として支える人たちの業務や志を紹介する。


メモ
 国内で7組に1組の夫婦が悩むとの推計もある不妊。排卵日に合わせて性交する「タイミング指導」などのほか、主な治療法として「人工授精」と「体外受精」がある。人工授精は取り出した精子をチューブで子宮内に注入する。「通常法」と「顕微授精」に分かれる体外受精は保険適用外だが、国や自治体が治療費を助成している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年07月18日 更新)

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